アークは赤色のワインが入ったグラスを揺らしていた。
 「……ようやく動き出したか、待ちわびたぞ」
 ワインを一気に飲み干しアークは席を立つ。
 彼の心には、三ヶ月前に眠らせた女の姿が浮かんだ。かつて彼の元に使えていた少年と瓜二つの姿を持つ女である。
 「オマエは図太いな」
 アークは小馬鹿にするように呟いた。 

 スピカはアメリアの話に耳を傾ける。それは怒りを感じずにはいられない内容だった。
 闇の集団は二つの都市を崩壊させ、逆らうものは皆殺しにし、女・子供も兵器を作り出すために休み無く働かせる。聞くだけで腸が煮えくり返る思いである。
 討伐隊が標的にされている国に先回りし、闇の集団の襲撃から守っているのが現状だ。
 闇の集団は犯罪もそうだが破壊活動なども好んで行う組織で、近年は予告無しに国や都市を襲う。
 被害は深刻で、大勢の人間が住処を失い生活に困っている。
 守れる人もいれば、そうでもない人もいるので、スピカは歯痒い気持ちになった。
 「……破壊の限りを尽くしているのね、奴等」
 暗い現状に、スピカの胃はずっしりと重くなった。
 「正直貴方が起きてくれて助かるわ、人手不足で困っていたのよ」
 「また何人か死んだの?」
 生唾を飲み込みスピカは訊ねる。
 しばらくするとアメリアは黙って頷く。
 「分かってはいても嫌なものね」
 スピカは視線を反らす。
 討伐隊に入隊してからというものの、仲間や後輩の死を何度も目撃してきた。三ヶ月前にアークのいる屋敷に奇襲を掛けた任務が過去最悪だった。
 信頼していた仲間がアークの魔法によって目の前で次々と絶命する中、スピカはアークと刃を交えた。しかし力の差が大きく、スピカは体に傷を負い敗れてしまう。
 屈辱的だったのは、アークはチェリクを狙い魔法を放ち、スピカは彼を庇い三ヶ月の眠りについてしまったのだ。極めつけは、夢とはいえ闇の集団の一員となって働いていたのだ。
 死への悲しみ、時間を無駄にした怒り。様々な感情がスピカの中に渦巻く。
 一つだけ解せないことがある。スピカは疑問をそのままにせずアメリアに訊ねた。
 「三ヶ月前のあの時わたしはアークの魔法をまともに食らったわよね?」
 スピカの問いかけに、アメリアは黙って首を縦に振る。
 「あれだけの攻撃を受けて生きているのが不思議なくらいだったわ、倒れて動かなくなった時はもう駄目かと思った」
 悲しげな声でアメリアは言った。当時の様子を思い出したのだろう。
 アークの魔法は一撃で命を奪い取る危険なものだったので、スピカが生きていることが奇跡である。
 「……こんな事言ったら貴方は怒りそうだけど」
 空気を察し、アメリアは申し訳無さそうに話す。
 「何?」
 「貴方とアークは同じ血が流れているんじゃないのかしら? 昔聞いた事があるのよ、血縁同士だと魔法の力が半減するって」
 信じられない仮説に、勢い余ってスピカは席を立った。
 その音にチェリクが振り向く。
 「あいつとわたしが兄弟だっていうの!? 冗談じゃないわ!」
 スピカは顔を赤くして怒りを露にする。
 間違いであっても言って欲しくなかった。アークはスピカの家族を引き裂いた元凶であり、すぐにでも倒したい相手だ。
 血の繋がりがあるなど考えたくも無い。
 アメリアは両手を手を前にした。スピカの形相が怖いのである。
 「ごめん……その話は昔のもので、今は本当かどうか定かではないの……気に障ることを言ってごめんなさい」
 「曖昧な話で判断するのは止めて」
 スピカははっきりと言い切ると、荒々しい音を立てて席に着く。
 その途端、怒鳴ってしまった事に対し、激しい罪悪感が押し寄せた。
 「……ごめんね、怒ったりして」
 下を向いてスピカは謝罪した。胸の中は棘を刺すように酷く痛む。
 アメリアも悪意は無かったのだ。単に仮説を立てただけだ。
 それでも最悪の敵と関係があると考えるだけで不愉快だった。
 
 この後、スピカは後悔することになる。
 楽しいパーティーを盛り下げた事を。  

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