討伐隊に入隊してから約五年が経ち
わたしは二十四歳になっていた。
任務はきついのが多いけど、闇の集団から人々を守れることが何よりも誇りだった。
それだけではない、仲間と後輩もできた。
一緒にいるだけで心強く、安心できるの。
「カンパーイ」
喫茶店に高低の声が響く。
長方形のテーブルにスピカ、アメリア、チェリクの順で座っていた。スピカの復帰祝いパーティーである。
スピカとアメリアはワインを、チェリクはオレンジジュースを一口飲む。
「スピカさん、お帰りなさい」
とびきりの笑顔を見せて、チェリクは心を込めて言った。こうしてスピカと話せることがとても嬉しいのだ。
「有難う、二人のお陰で命拾いしたわ」
スピカは二人に御礼をした。
こうして現実世界に帰ってこられたのも、アメリアとチェリクがいたお陰である。
チェリクはスピカの身の回りの世話をし、アメリアはスピカの魔法を解くために懸命に努力してくれた。言葉に尽くせないほどに感謝している。
「いきなりワインなんか飲んで大丈夫? まだ起きたばかりなのに」
「平気よ、お酒には強いのはアメリアだって知ってるでしょ」
頬を赤くしたアメリアがスピカの顔を覗き込み、スピカは苦笑いを浮かべた。
長い夢から覚めてから三日しか経っておらず、まだ体が鈍っているのも事実だが運動のつもり飲み食いしようと決めたのだ。
ちなみに他にも仲間がいるが任務に忙しく、集まったのがチェリクとアメリアだけである。
話している内に、注文した山盛りのパエリア、サラダがテーブルに乗った。
スピカはパエリアを小皿に移し、口に運んだ。少し口を動かすのを止めて手を当てた。
「美味しい……」
思わずスピカは感激の声を漏らす。
当たり前のことでも長い間離れてみると、食事がとても有り難みのある習慣だと思えたからだ。眠っている間は、スープ以外に何も食べていなかったのだ。
「それはそうよ、この店はパエリアが美味しいって有名だからね」
口の中にあったパエリアを飲み込み、アメリアは誇らしげに語った。彼女の皿には大盛りのパエリアが乗っている。
アメリアは食いしん坊で、過去に数多くの大食い選手権に出場し全て優勝している。彼女の経歴を現すようにパエリアが数秒足らずで無くなってしまった。
「アメリアさん、食べすぎですよ」
チェリクは不満げに言った。彼は少量しか口にしていないからだ。
「早いもの勝ちよ、大体チェリクは食べるの遅いのよ」
「いいえ、アメリアさんが量を多くとりました。スピカさんも食べられずに困るのでが無いのですか?」
ムッときてチェリクは言い返す。
普段は大人しい性格だが、言いたいことは口に出す性分である。
「貴方もずい分言うようになったのね」
「アメリアさんの指導のお陰ですよ、スピカさんのことを思うのならば遠慮も必要だと思います」
「私が食べる量が多いのは貴方も知ってる癖に」
二人は黙ったまま睨み合った。周りにいた客は喧嘩をしている二人に視線を注ぐ。
見ないうちにチェリクが成長したことに、スピカは内心驚いた。
スピカが知っている彼は優柔不断で、言いたいことを言わずアメリアに「ウジウジしてないではっきり言いなさいよ」と叱られてばかりだった。
だがここにいるチェリクは昔とは違い、自分の気持ちを伝えている。三年前に初めて会った頃の彼からは想像できないほどに成長している。
これも努力の賜物だろう。
人は変わるものだな、と感心したのと同時に寂しくもなった。
だが流石に喧嘩はいけないと思い、スピカは仲裁に入る。
「二人とも落ち着いて、パエリアならまた注文すれば良いじゃない」
スピカは冷静に話す。折角のパーティーを喧嘩のせいで台無しにしたくない。
気持ちが通じたようで、チェリクは席に着くなり体を縮めた。
「……すみません、僕ったらついムキになっちゃって」
「スピカの言い分が正しいわね」
手を上げ、アメリアは店員を呼び、再びパエリアを注文した。
二人が元気そうで安心した。怪我をしたり、最悪命を落としていたらスピカの心は張り裂けていたに違いない。
眠っている間は忘れていたが、この二人はデコボココンビで、二人だけで任務をやらせれば九十九パーセント失敗するほど、息が合わないのだ。
短い時間しか今の二人を見ておらず、具体的な判断は下せないが、チェリクが変わったことは分かった。
頭の中を切り替え、スピカは両手を合わせた。そろそろ本題に入りたいのである。
「アメリア、チェリク、聞きたいことがあるんだけど良いかしら?」
声を掛けると、二人の視線が素早く向けられた。
「どうしたのよ、深刻な顔をしちゃって」
「……わたしが眠っている間に闇の集団に動きはあった?」
スピカは声を低くする。
長い時間、闇の集団と接点が断たれていたため頭の中には古い情報しかない。現状がどうなっているのか知りたいのだ。
表情を強張らせ、アメリアはスピカの側に寄ると、チェリクに命じる。
「チェリク、貴方は見張りをお願い、ちょっと混んだ話をするから」
「わ、分かりました」
躊躇いながらもチェリクは返事をした。見張りの仕事は苦手だ。
あえて頼んだのは、苦手を克服してもらいたいというアメリアの願いである。
ちなみに見張るのは、店員が来た時の応対と闇の集団の襲撃に備えてのことだ。時間帯を問わずに出現するので一人でも監視する必要がある。
二人の少女はお互い向き合う形となり、アメリアは小声で話し始めた。
「……奴等は、ますます活動的になっているわ」
スピカは真剣な面持ちのまま、黙って耳を傾けた。
止まってしまった時間を取り戻すために。
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