三人は店を出て、道を歩く。
空は青空を覆う黒い雲が出ており、時間が経てば雨が降り出しそうだった。
「天気怪しいですね、一雨来そうです」
チェリクは空を眺める。
あの後、ほとんど会話もなく食事をし、宴会は終了したのである。
今も暗い雰囲気が続いているので、少しでも和らげようという試みだ。
「今日は、討伐隊で最も厳しい上官だから訓練は休めないわよ?」
アメリアは微笑みながら、人差し指でチェリクの額を突付く。
「分かってますよ、ちゃんと受けますよ……アメリアさんも魔導訓練頑張って下さいね」
「心配してくれて有難う、宴会のお陰で息抜きできたし、何でも来い! って感じだわ貴方こそ手を抜いちゃ駄目よ」
アメリアは片目を閉じて、元気良く言った。
彼女もチェリクと同じように、暗い雰囲気を盛り上げたいのである。
「二人とも、ごめんね」
スピカは寂しげな表情で謝罪した。
楽しい雰囲気を、自らの発言のせいで崩してしまった事を悔いている。
復帰パーティーなのに、盛り上がりに水を差したことが嫌だった。
「もう、ウジウジしないでよ、過ぎた事じゃない」
「でも……」
スピカは後ろめたい気持ちで一杯だった。
すると、アメリアが突然スピカの手を掴んできた。
「過去をいつまでも引きずるのは貴方の悪い癖よ、気晴らしにもう一件店に行きましょう」
「今から? そろそろ帰って色々と準備しなきゃいけないのに」
スピカは戸惑う。
しかし、アメリアは決して引かなかった。
「大丈夫よ、そんなに時間はかからないから、チェリクには悪いけど先に戻っててくれる?」
「分かりました。お気をつけて」
空気を読んで、チェリクは微笑む。
彼女等がこれからやるのは宴会とは違い、女同士の遊びなのだ。だからこそ男である自身は慎むべきだと察したのだ。
「お土産買うわ、付き合ってくれて有難うね」
アメリアに引っ張られながら、スピカはチェリクに言った。
この時、スピカは知らなかった。どんな運命が待ち構えているか。
三ヶ月という月日がいかに長かったかを……
空は雲が青空を隠し、地上には透明な雨が降り注ぐ。
スピカはアメリアに連れられ、森の中を進んでいた。二人の体にも雨が肌や服にかかる。
「アメリア、雨宿りしない?」
スピカは不安げに囁く。
”時間がかからない”と宣言しておきながら、かなり長い時間歩かされているからだ。
するとアメリアは前を向いたまま、首を横に振る。
「駄目よ、待っていたら時間が無くなっちゃう」
「方向はこっちで合ってるの? どんどん街から遠ざかっている気がするわ」
「心配いらないわ」
アメリアははっきりと言った。
スピカの胸の中に、一つの心配が湧き上がった。
彼女が行く店はあまりに道順が複雑で、もしかしたら迷子になってしまったのではないのかと。
有り得ない話でも無かった。アメリアは方向音痴で、今日の宴会場所になった店でさえも迷いに迷ったからだ。
スピカの推測が合っているとすれば最悪だ。森で遭難した場合、下手に動けば余計に事態が悪くなる。
早くアメリアを止めなければ。
「待って」
スピカはアメリアに呼びかける。
アメリアはようやく振り向いた。その表情は嫌悪に満ちていた。
まるで邪魔されたのを、不快と言わんばかりに。
見せた事の無い表情にスピカは戸惑ったが、疑問をぶつけた。
「わたし達、迷ったんじゃないの?」
スピカは訊ねた。
アメリアは溜息をついて、口を開く。
「大丈夫よ、もうすぐ着くわ」
「……本当に? 貴方は自分でも分かっているように方向音痴じゃない、今日だってそうだったじゃないの」
スピカはアメリアの顔を凝視する。
アメリアはしばらくの間下を向いて黙り込む。
雨は本格的に強くなり、二人の少女の全身はずぶ濡れになった。
アメリアと一緒にいても、不安をそれほど感じた事は無かったが、この時だけは妙な胸騒ぎがした。
「正直に答えて、どうなの?」
何も答えないアメリアに、スピカは問いかける。
すると、アメリアは顔を上げたと思いきや、突然大声で笑った。
友の理解できない行いに、スピカは困惑する。
「やっぱり、貴方の前で嘘はつけないわね」
アメリアは醜悪な笑みを浮かべていた。
張り付いた桃色の髪が、彼女の変貌を際立たせていた。
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