風紀委員は苦悩する 作者:ねる

「お待たせ!」
明美は写真部の部室から顔を出し、壁に寄りかかる雪乃に声をかけた。
「もう終わったの?」
「うん、時間かかっちゃったけどね」
明美と雪乃は笑いながら、部活棟を出た。
二人は同じ寮暮らしと気が合うことから、とても仲が良い。
部活の疲れを癒すため、女子二人は飲食店街へと向かった。
「夏祭りに出展するから、それなりに良い写真を出したいから選ぶの大変だったわ」
明美は呟いた。
風紀委員をやる傍ら、写真部にも所属している。
入部したきっかけは、展示されていた写真に迫力があり、自分も人を引きつける写真を撮りたいと思ったからだ。
入部してまだ間も無いが、部活はそれなりに楽しい。
夏祭りに自分の写真が出るのは気恥ずかしい反面、喜びもある。
「雪乃ちゃんはお茶出しするの?」
明美は訊ねる。
雪乃は恥ずかしそうに頬を赤らめ「うん」と言った。
雪乃は茶道部に所属しており、明美もたまに遊びに行くと必ずお茶とお菓子を提供してくれる。
茶道部だけでなく、バスケ部にも入っていて、彼女の活躍には目を見張る。
「必ず行くよ、雪乃ちゃんのお茶美味しいから」
明美は笑いかけた。
お世辞抜きで、雪乃が入れた茶はとても美味しかった。久しぶりに雪乃のお茶が飲めると思うと楽しみである。
「風紀委員の仕事は夏祭りでもするの?」
雪乃の目の色は変わった。
「仕事はするけど、そればっかりやってたら疲れるわ、だから程ほどにする」
明美は雪乃を安心させるように言った。
言流に語ったように、祭りで浮かれて迷惑行為を行う人間を注意はする。
ただ注意してばかりで夏祭りが終わったのでは悔いが残る。
風紀委員である以前に、明美も女子高生なので、夏祭りは楽しみたい。
「そうだよ、明美ちゃんは頑張り過ぎだよ、たまには息抜きしても良いと思う」
雪乃は明美を気遣う言葉をかける。
「……そんなに私疲れてるかな?」
明美は雪乃の目を見て聞いた。
「顔に書いてある。休みたいって」
雪乃の指摘に、明美は心当たりがある。
慧が下級生や同級生と頻繁にトラブルを起こすため、注意する回数が多くうんざりしている。
その上、学校の設備を破壊するため、更に頭が痛い。
見抜いたように雪乃は明美の顔を真剣に見た。
「伊澄とは関わらない方が良いよ、明美ちゃん一人で叶う相手じゃないって」
「……」
明美は黙り込む。
一人で我慢してきたが限界を感じ、生徒会長であるグロリア・エナムに慧の問題行動を改めるようにして欲しいとお願いした。
聞いた話では、明美が蛇を見せた直後、彼はおぞましい形相を見せて走っていたという。
考えるだけで背筋が凍りつく。
注意を促す度に、殴られるのではないのかと胸の中に不安がこみ上げる。
「……関わりたくないんだけど、彼が問題を起こす限り注意しなきゃいけないし」
明美は表情を歪めて、額に手を当てる。
内心では慧とは顔を合わせないようにしたい。
いくら同じ一年とはいえ、慧は明美より三つも年上で乱暴な言葉を吐くので、同級生も近づかない。
「明美ちゃんが注意するんじゃなくて、グロ先輩に任せよう」
雪乃の声色に強さが帯びていた。
「グロ先輩が話している間は、いつもの伊澄とは違ってずっと耳に傾けていたもの」
「そうなんだ……」
明美の胸に棘が深く突き刺さった。
エナムのように地位のある人間が、慧の行いを指導する方が良いのかもしれない。
三つも年下である自分では、舐められる部分があるのも否めない。
ちなみに雪乃は慧と関わりがあるのを明美は知っているが、彼女の人柄に惹かれて付き合っている。
明美のことを心配するのも雪乃らしい。
「グロ先輩に任せようかな」
「それが良いと思う」
明美の弱音に、雪乃は同意した。
正直に言うと悪態を繰り返す慧の行動を改善させる自信は無い。
人任せにできるなら、そうしたかった。
「やっと着いたね」
雪乃は看板に目を向ける。


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