風紀委員は遭遇する 作者:ねる

「分かりました。ケイさんのことはわたしに任せてください」
「……本当ですか?」
茶道室に明美の声が響く。
明美は雪乃とカフェでお茶をした後、決意が揺らがないうちに、グロリアの元に来たのである。
慧の指導を任せるためだ。
「明美さん一人では荷が重過ぎましたね、大変だったでしょう」
「自分でやりたいと言っておきながら、ご期待に添えず申し訳ありませんでした」
明美はグロリアに謝罪する。
実は言うと、慧の指導は生徒会会議の際に誰もやりたがらないため明美が率先して役を引き受けたが、想像以上に苦労の連続だった。
グロリアは「お茶をどうぞ」と明美の前に緑茶を差し出す。
明美は一口すすると、ほろ苦い味が口の中に広がる。
やっぱり相談して良かった。本気でそう思った。
「気にしなくても良いのですよ、明美さんはよく頑張りました。今後ケイさんが問題を起こすようでしたらわたしに伝えてください」
「はい」
明美は席を立ち、グロリアに頭を下げる。
「グロリア先輩有難うございます。今後とも宜しくお願いします」
明美は心を込めてお礼を言う。
人に任せる以上、誠実な態度を示したかった。
「ケイさんからの伝言ですが、暴力はできるだけ減らすから蛇を見せないで欲しいそうです」
グロリアはお茶を一口啜り、さりげなく言った。
余程蛇が嫌いらしい。
できるだけと言わず完全に無くしてもらいたいが、慧の行動理念を考えると不可能だ。
「……分かりました。努力します」
明美は苦笑いを浮かべる。
明美は失礼します。と声を掛け、茶道室のドアを閉めた。
外を見るともう暗くなり始めていた。
明美が暮らす寮は門限がないとはいえ、遅くなれば先に帰宅した雪乃が心配する。
「早く帰ろう」
明美は呟く。
廊下から外の世界が見える。大巳神社には明かりが灯り、明日の夏祭りの準備が進められているのが分かる。
明日はどんな日になるのか考えただけで心がウキウキした。

校舎二階に差しかかった時だった。
賑やかな声がして、釣られるように明美は近づいてみた。そこは家庭科室だった。
御影兄妹が夏祭りのお店の出し物について相談している。
……蒼空先輩と陽向さんだっけ。
名前は知っているが、直接関わった事は無い。
陽向は元気良く喋り、兄の蒼空は妹の会話を頷いて聞いていた。
明美が見る限り、二人とも楽しそうである。
……ああして見ると思い出すな。
御影兄妹を見て、明美は懐かしい気持ちになった。
実家にいた頃は妹とも仲良くしていた。一緒に喋って笑い合っていた。
今はもう喋ることもできないが……
一言言いたかったが止めておいた。兄妹との幸せな空間を台無しにしたくない。
明美は静かな足取りで、家庭科室を後にした。

心が温まった状態で、明美は一階に来た。
このまま帰宅できれば、余韻は残ったままだった。

だが、明美の思いは女子生徒の声により吹き飛ぶ。

「ここを通してください」
「お願いします。私達急いでいるんです」
二人の女子生徒の声がした直後だった。
「うるせぇ! オレに指図すんじゃねぇ! 死にてえのかテメエら!」
壁を叩く音と、怒鳴り声が響く。
紛れも無く慧だ。下らない因縁をつけて人に絡んでいるのだ。
明美は声がする方に移動すると、女子生徒が体を縮めて慧を見ていた。
慧は壁に拳を当てている。
「どうしたの?」
明美が話しかけると、二人の女子生徒と慧は明美に目線を向ける。
「伊澄先輩が通せんぼして、道を譲ってくれないんです」
「説明しても、すぐ怒鳴るし話にならないんです」
二人の女子生徒は慧への不満を口走る。
二人の手には大きな鉄の鍋が握られており、見るからに重そうだ。
「どうしてそんな事をするの?」
明美は慧に訊ねた。
どんな理由であれ、彼の行いは迷惑極まりない。
すると慧は明美を睨みつけた。
「テメエと話をつけるためだ。オレが騒いでれば来ると思ってな。想像通りにきていただけて嬉しいぜ」
「なにそれ……」
ふざけた理由だった。
明美は拳を握り締め、必死に自分を抑える。怒っては相手の思う壺だ。
「悪かったな、通っていいぜ」
慧は二人の女子生徒に声をかける。
女子生徒たちは慧を避けるように歩き、明美の側を通過した。
思い出したように明美は振り向く。
「お願いがあるんだけど、グロリア先輩を呼んできて頂戴、いなかったら先生でも良いわ」
明美は早口で言う。
慧と話す以上、暴力を振るわれる危険を覚悟しなければならない。なので安全も確保しておきたかった。
明美の言葉に女子は「わかりました」と素直に答えた。
女子生徒達が姿を消して、明美は慧と二人だけになった。
「それで、話って何?」
明美が先に切り出した。



風紀委員は苦悩する 戻る 生徒会長は急ぐ
inserted by FC2 system