風紀委員は少年と過ごす 作者:ねる

「ええっ、伊澄が明美の部屋に!?」
校内にある一階の食堂に、陽彩の元気な声が響く。
明美は首を縦に振る。
陽彩に慧が部屋に来た事を打ち明けたのだ。
「何かされなかった?」
陽彩は興味有り気に、明美の顔を覗き込んで来む。
「大丈夫だったわ、機嫌はそんなに悪くなかったし」
明美は定食に含まれている玉子焼きを口の中に入れた。
甘い味が口いっぱいに広がる。
「これは事件の匂いがするわね」
陽彩はうんうんと頷く。
何かあれば事件に繋げたがる癖があるが、明るい性格で、明美の友人の一人だ。
夏祭りで彼女と合作をしたことがきっかけで仲良くなったのだ。
本当なら陽彩と雪乃そして明美のメンバーで食事をするのだが、雪乃は今日も学校を休んでいる。
「事情があって泊めただけよ、今日はもう来ないでしょう」
「また来たら事件ね」
陽彩は顎に手を当てる。
明美は苦笑いを浮かべた。
朝になるなり慧は明美に礼を述べて、そのまま寮から姿を消した。
授業もサボり、昼休みの今に至るまで彼を見ていない。
彼は一体どこに行ったのだろうか。

 

「ねえ」
陽彩が声を掛けてきた。
「あそこにいるの伊澄だよね?」
明美は陽彩が目線を向けると、人ごみに紛れて小柄な男子生徒が視界に入る。
紛れも無く慧だ。
二人の少女はしばらくの間、慧の動きを観察する。
彼はしきりに辺りを見回している。誰かを探しているようにも取れる。
「もしかして明美のことを探してるんじゃない」
「どうして?」
明美はすぐさま陽彩に聞き返す。
陽彩は片目を閉じる。
「女のカンよ、カ・ン!」
陽彩の話はすぐに当たることになる。
なぜなら慧は二人の少女を見つけるなり、早足でこちらに向かってきたからだ。
明美の全身は緊張で硬直し、口が軽く開く。
「ここにいたのか」
慧は明美に一声掛けてきた。
彼からはいつもの威圧感が出ていない。
「昨日はテメエのお陰で助かったぜ」
「どういたしまして」
緊張しながら明美は答える。
「それで……何か用?」
「今日の放課後は空いているか」
唐突に予定を聞かれ、明美は面食らう。
少し考えて、明美は口を開く。
「午後四時までは巡回するけど、五時なら空いているわ」
明美は答えた。
放課後はいつものように、違反者がいないかどうかを見るために校内を巡回する。
それが終われば、後は予定はない。
すると慧は口元を吊り上げた。
「五時十分に玄関で待っとけ、もし遅くなるなら連絡しろ」
「え……」
「それだけだ、じゃあな」
慧は伝えたい事を述べると、そのまま食堂を去っていった。
唐突過ぎる展開に、明美は呆気に取られた。
「相変わらず一方的だよね」
陽彩は突っ込んだ。
陽彩の言うとおりだ。相手の返事も聞かずに自分の都合を押し付けるのは良くない。
明美も注意している所だ。
だが慧の姿は無くなったため、注意できない。
「明美、どうする? 断った方がいいと思うけどな」
陽彩に聞かれて明美は悩む。
慧の様子からして、険悪な話ということは無さそうだ。慧も言ってたが昨日のことが絡んでいるに違いなかった。
それ以上のことは分からなかった。
……ずるいわ、伊澄。
明美は慧に乗せられていることに気付き、ため息をつく。
無理にでも会わせるために、必要なことを言わないのは反則である。
「会ってみるわ、いつもと様子が違ってたし」
「ええっ!?」
予想通り、陽彩は驚いた。
「やめた方がいいって、伊澄がしたことを忘れたの?」
陽彩の問いかけに、明美は首を横に振る。
「じゃあ何で行くの、危ないって」
「気になるからよ、もし危なくなったらこれを使うから」
明美はポケットから催涙スプレーを取り出した。
護身用にと父に持たされたのだ。相手の顔面にスプレーを吹きかけ、相手を怯ませることができる。
いくら危険人物の慧でも、しばらくの間行動不能になる。
「凄いの持ってるのね」
「あまり使いたくないけどね」
スプレーをポケットにしまい、明美は言った。

 

だが、明美は知る由も無かった。
とんでもない事に巻き込まれることを……



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