三人の若者は、庭にいた。
空はもうすぐ夜明けで、白く染まっている。
「我が名はチェリク、契約者の名において汝の姿を現すことを命ず」
チェリクは鍵を宙に掲げ呪文を唱えた。彼の真下には黒色の魔法陣が出現した。
「出でよ、シームルグ!」
魔法陣が一瞬光を放つと、空中に漆黒の巨体を持った鳥が現れた。
シームルグは静かに地面に降り立ち、チェリクはシームルグの口ばしを優しく撫でる。
シームルグは主に移動する際に呼び出すのだ。
「チェリク、本当にいいの?」
スピカは不安げに訊ねた。彼の体調もそうだが、結局は巻き込んでしまったことに後ろめたさを感じている。
チェリクはスピカの方を見た。その眼差しは暖かいものだ。
「さっきも言いましたが、僕のことは気にしないで下さい、それにスピカさん一人だったらどうやって遠い街に早く行くのですか?」
チェリクの言葉に、スピカは黙るしかなかった。
移動手段は徒歩という方法を考えていたが、それではあまりにも時間がかかりすぎる。
他の魔術士に頼んで、移動魔法で送ってもらうのも一つ手だが、煩わしい書類の手続きをしなければならず、申請に時間がかかるため、これも無理な話だ。
「僕は心配なんですよ、アメリアさんがいなくなってから、スピカさんの動きが鈍くなったと感じるんです」
友の名がスピカの胸を突く、スピカが入隊してから初めてできた友達で、四ヶ月前に除隊された女である。
必死に吹っ切ってきたつもりだが、自分でも気付かない内に、不調が出ていたようだ。
「だから僕はスピカさんの力になりたいんです」
チェリクは熱心に言った。後輩の力強さに勇気付けられた。ここまで後押しされたら連れて行くしかない。
「有難う、チェリク」
スピカは嬉しそうに礼の言葉を述べた。
召喚を見届けると、緩んでいた口元を引き締め、スピカは後ろにいるジストの顔を見た。
「わたしはチェリクと一緒に行ってくるわ、ジストは上官に伝えておいて」
ジストは頭をさすっている。余程痛いらしい。
彼を連れて来たのも、こうして連絡係を言いつけるためである。
「さっさと用事を済ませて来いよ」
ジストはぶっきらぼうに言った。
「努力するわ……チェリク、行きましょう」
スピカはシームルグの背に乗り、かつてスピカが住んでいた街・ヨルムンガンドへと飛んでいった。
ヨルムンガンドに着いたのは、太陽が昇り切り、夜が完全に去った頃だった。
街の近くにあった草原に降り、シームルグを元の世界に戻し、スピカ達は急ぎ足で街の中に進んだ。
スピカは目が冴えているが、チェリクは眠そうだ。召喚はそれなりに魔力を使うため使用者の身体にも負担が掛かる。
それを踏まえ、スピカは彼に言った。
「留置所に行ったら休んで、アディスとの面会はわたし一人でやるから」
チェリクは欠伸をして、眠そうな目でスピカを見た。
「そうします。スピカさんも気をつけて下さいね」
「分かってるわ」
スピカは真剣な眼差しに変わった。これから友と真面目な話をするのだから、気を引き締めなければいけない。
やがて留置所が見えてきた。四角い灰色の建物に、茶色い看板が玄関に掲げられている。二人は古ぼけた扉を潜った。
「スピカ!」
中に入るなり、ベージュのソファーで座っていたエレンが、スピカ達の元に駆け寄ってきた。眠っていなかったらしくエレンの目の下には隈がある。
「もう遅いじゃないの、待ちくたびれたわ」
エレンは悲しそうな顔をした。
「御免ね、こっちも準備が必要だったから」
スピカはエレンの身体をそっと抱いた。
「今回の件はわたしも胸が痛むわ、どうしてあんな事をしたんだろうね」
「……分からない、でも魔が差してやったんじゃないかって思う、普段のアイツからは想像がつかないよ」
話からして、エレンはアディスと面会していない事が分かる。
気の強いエレンでも、真実を知ることが怖いのだろう。
「アディスとはいつ面会できる?」
「あと十分したらこっちに来るって、面会時間は一時間ほどだって、聞きたいことは整理した方が良いわ」
「エレンも参加するの?」
エレンは目を瞑り、首を横に振る。
「アタシはやめておくわ、感情的になって聞きたいことを引き出せないと困るから、アンタに任せるわ」
「分かった。エレンもゆっくり休んで」
スピカは友を離し、彼女の頭を撫でた。
後ろで事の成り行きを見守っていたチェリクを見て、こっちきてと目で合図する。
エレンとチェリクは初対面で、挨拶をさせたいからだ。
「紹介するわ、後輩のチェリクよ」
チェリクはスピカの隣に立ち、礼儀正しく頭を下げる。
「初めましてチェリクと申します。お話はスピカさんから伺っています。どうぞ宜しくお願いします」
「チェリクねこちらこそ宜しく、アタシはエレンよ仲良くやりましょう」
エレンは友好的に言った。チェリクは苦笑いを浮かべた。
「はい」
エレンはチェリクに手を伸ばし、握手を交わす。
二人とも性格が正反対で、仲良くできるかどうか不安だったが、上手くやってくれることを祈るしかない。
短い挨拶を終えると、受付の女性が声を掛けてきた。いよいよ面会の時だ。
スピカは「分かりました」と答える。
「じゃあ、行ってくるね、二人とも後は頼むね」
スピカは二人に手を振り、面会室へと案内された。
いよいよ、友達と再会する。
お互い、違った立場となって。
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