闇に包まれ、蝋燭の明かりが灯る廊下を、男女三人が早足で歩いていた。
 道の先にある、交信室に向っているのだ。交信室とは外部と連絡を取る部屋である。 
 緊急の連絡に備えて、ジストは見張り番をしていたのだ。
 「さっきはすまなかったな、もう平気なのか?」
 一番前を歩くジストは、後ろにいるチェリクの様子を伺う。
 チェリクを失神させたことに責任を感じているのだ。
 「大丈夫ですよ、僕のことは気にしないで下さい」
 チェリクは答えた。まだ顔色は青いが、至って元気そうである。
 爆発の後、チェリクを治療室に運び込み、迅速な治療のお陰で元気を取り戻したのだ。
 「ゆっくり休んでいても良かったのに、これはわたしへの呼び出しなのよ」
 「僕は少しでもお手伝いしたいんです……それに」
 チェリクは途中で言うのを躊躇った。
 「どうしたんだよ、言いたいことがあるならはっきり言えよ」
 ジストは表情を歪めた。チェリクは空気が悪くなる時は、会話を遮る癖がある。
 彼のそういった性分が気に入らないのだ。
 「ジストやめてよ、突っかかるような言い方しないで」
 「本当のことじゃないか、こいつのそういう所は嫌なんだよ」
 二人はにらみ合った。相性が良くないことは分かっていたが、今の会話ではっきりと痛感する。
 スピカは視線を右側に反らし、腕を組む。
 「二人とも喧嘩しないで下さい……さっき言いかけたことですが、嫌な予感がするんです」
 チェリクは強く言った。自分のせいで空気が悪くなったことに、申し訳なく思ったのだ。
 彼の意見にスピカは乗った。
 「チェリクの予感はよく当たるからね、あまり大事では無ければいいわ」
 「そうですね」
 「もし大したことじゃ無かったら、ゆっくり休んで、ジストと一緒に行くから」
 「くれぐれも喧嘩しないで下さいね、言い合ってもお互い疲れるだけですよ」
 「分かったわ」
 スピカは気を取り直し、ジストに訊ねた。
 「ねえ、そろそろ教えてくれない、 誰から連絡が来たの?」
 本当は聞きたく無いが彼しか情報を知らないので、苛立ちを堪えた。寝静まっている時間帯にも関わらず呼び出すのはただ事ではない。
 「すぐ分かるさ、そんなに慌てんなって」
 ジストは背を見せたまま言った。声色からしてまだ怒っているようだ。
 「もう……」
 回答を先延ばしにされ、スピカは溜息をつく。
 
 藍色の水晶玉が一つだけある部屋に、三人は入った。
 窓には全てカーテンが仕切られ、月の光は遮られている。
 ジストは水晶の側にある椅子に座り、スピカとチェリクは水晶を覗き込む。
 ジストは交信する際の暗証番号を唱え、相手を呼び出した。水晶を使用するには討伐隊にしか知らない暗証番号が必要なのだ。
 部外者に不正使用されないためである。
 しばらくすると、水晶にスピカが良く知る顔が現れた。
 茶色い髪に、灰色の瞳、スピカの親友のエレンだ。
 『遅いじゃないの』
 「文句があるならこいつに言ってくれよ」
 ジストはチェリクに視線を投げつけた。
 「チェリクを責めるのはやめて」
 スピカは露骨なまでに嫌な顔をした。チェリクも好きで倒れたわけではないからだ。
 スピカは水晶に接吻できるほどに近づいた。
 「久しぶりね、エレン」
 友達との再会に、スピカは嬉しい気持ちになった。彼女には緊急時に連絡をできるように、教えておいたのである。
 彼女は信用できるからだ。
 『まさかアンタが送ってくれた水晶を使う日が来るなんて思わなかったわ』
 「それは良かった。と言いたいけど」
 スピカは話を変えた。募る話もあるが、今は堪える。
 本件の方が大事だからだ。
 「こんな時間にどうしたの、 何かあったの?」
 エレンの表情から笑顔が消え、険しい顔になった。
 『……今言う事は辛い内容だけど、落ち着いて聞いてね』
 いつにもなく真剣な声に、その場にいた三人は黙り込む。
 『アディスが傷害沙汰を起こして逮捕されたわ』
 信じられない話に、スピカは言葉を失い、足元がふらついた。
 倒れそうになると、チェリクがスピカを支える。
 この前のクリスマスに会った時は、相変わらずの明るさで、励まされた覚えがある。
 何も変わらない思っていたのに一体なぜ?
 人をおちょくることはあっても、誰かを傷付けるような事はしなかった。
 「アディスさんって、スピカさんのお友達ですよね」
 チェリクは興味有り気に聞いた。スピカは黙って頷く。
 激しい動悸がして、息苦しい。
 嘘だと思いたかったが、チェリクの肌の体温が現実だということを痛感させる。
 『三人に重軽傷を負わせた上に、建物を傷つけ、窓ガラスを割ったらしいの』
 罪の数々に、スピカは心が張り裂けそうになった。
 ガラスや建物は直せばいい、でも人を傷つけることは、何があってもやってはいけない。
 被害者には深い心の傷を残し、その後の人生に影響が出るからだ。
 悲しみのあまり涙が頬を伝い、スピカは慌てて拭った。
 『今は留置所に身柄を拘束されているわ、できるだけ早く来て欲しいの、アンタがいると心強いだろうから』
 まだ眩暈がする。痛みが消えない。
 スピカは胸を抑え、その場に蹲った。
 「……ちょっと良いか?」
 『なに?』
 黙っていたジストが口を挟む。
 「話を聞く限りじゃ、闇の集団とは関係無いだろ」
 「ジストさん、何てことを言うのですか、いくらなんでも酷いです!」
 チェリクは声を荒げた。闇の集団絡みでは無かったのしても、スピカにとっては火急の用事には変わりない。
 ジストは言葉がきつく、正論だったとしても、場の空気を考えないことがある。
 スピカはチェリクの腕を掴んで、立ち上がると、前に進んだ。
 「ジスト」
 スピカは右手を強く握り締めると、ジストの頭を思いっきり殴った。
 彼の発言に、怒りが頂点に達したのだ。
 衝撃によって、ジストは椅子から転げ落ち、壁に激突した。
 「あいつの発言には失礼したわね、お詫びするわ」
 スピカの行動に、エレンは呆気に取られている。
 『アンタのパンチ、一段と強くなったわね』
 「これでも鍛えてるからね」
 スピカは右指を軽く動かした。
 『ジストだっけ? 彼の言う事にも一理あるわよ、アンタの任務に支障が出たら困るわ』
 「大丈夫よ、今は非番だから、すぐにそっちに行くわ」
 スピカは作り笑いを浮かべた。任務より、友達を救う方が大切だった。
 
 チェリクの予感は当たった。それも悪い方向に。
 
 
 「あーあ、捕まっちまたな」
 アディスは指を絡ませて、囁く。
 彼は狭い鉄格子の中にいる。にも関わらず、彼は自分の行いを悔いていない様子だ。
 まだ足りない、もっと破壊したい。という衝動が彼の中に渦巻いていた。
 
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