広い草原に、チェリクはいた。一面が緑の海で、とても綺麗。
見たことのない場所にチェリクは戸惑った。
「ここは?」
チェリクは辺りを見回した。見慣れない場所に加えて、彼が知る物が無いからだ。
「ここは、私とお姉さまがよく遊んだ場所だよ」
チェリクは声がした方角を見ると、大きな木の側で
スピカにそっくりな人物が立っていた。
「スピカ……さん?」
驚きのあまり、チェリクは言葉を詰まらせた。切り揃えた黒髪、紫色の瞳、背の高さなど、見れば見るほどそっくりである。
「昔は間違われたけど違うよ、私の名はハンスさ」
ハンスと名乗った少年は足早にチェリクに近寄ってきた。
「あなたがハンスさんですか……確か五年前に亡くなったって……スピカさんから聞きました」
チェリクは生唾を飲み込んだ。
「……なぜあなたが僕の前にいるのですか?」
チェリクの質問に、ハンスは鼻で笑って答えた。
「簡単だよ、君の前にいる私は幽霊さ」
ハンスは嫌らしく笑った。
……スピカさんから聞いた印象と大分違う。
チェリクが知るハンスは心優しく、動物思いの少年で、チェリクの前にいるハンスはどこか人を見下す目をしている。
スピカはハンスの長所しか言っておらず、目の前のハンスは短所の部分なのかもしれない。
突然ハンスがチェリクと目と鼻の先に立ち、チェリクは「わっ」と声を裏返して後ずさる。
「あははは、そんなに驚くことはないだろ、君はからかいがいがありそうだよ」
チェリクはハンスを睨んだ。想像通りハンスは人格に難がありそうだ。
「そういえば君の名前は?」
腕を組んでハンスは訊ねてきた。
「チェリクと言います。あなたのお姉さんの後輩です」
チェリクは渋々口を開いた。
「チェリクか、変な名前だね、名付けの親はどんな顔をしてるんだい?」
親の悪口を言われ、チェリクは黙っていられなかった。
「僕の肉親を悪く言わないでください!」
チェリクの怒りに対し、ハンスは余裕の表情だった。
二人の感情には、温度差がある。
「冗談だよ、真に受けるなんてつくづく君は面白いよ」
「……」
チェリクは黙って我慢した。
ここで反論しても図に乗るからだ。この会話を聞く限り、ハンスとスピカの性格は違うようだ。
スピカはしっかり者で、ハンスは人をおちょくるのが好き。
容姿は殆ど同じでも、中身は全く別だ。
一つ疑問が沸いたので、チェリクは口を開く。
「どうして僕の前に現れたのですか? 僕とあなたは何の接点も無いじゃないですか」
ハンスが亡き人間で、絶対に関われないのは熟知している。
彼の言うように、チェリクの前にいるのは幽霊だ。何か未練があって地上にいる。そんなところだ。
ハンスは薄っすらと微笑んだ。
「……率直に言って君に警告しにきたんだよ、誰でも良かったんだけど、からかいがいのある君が面白そうだったからね」
チェリクに背を向け、ハンスは歩き出した。チェリクはハンスの後を追う。
「警告って……何をですか?」
坂の上に登りきった所で、ハンスは後ろを向く。
その表情は乾いていた。
「今すぐお姉さまから離れた方がいいよ」

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