チェリクは立ちすくむ。ハンスの言葉が唐突だからだ。
頭の中がごちゃ混ぜになり、しばらく言葉が出なかった。
「驚くのも無理ないね、君はずっとお姉さまと一緒にいたんだよね?」
ハンスの問いかけに、チェリクは黙って頷く。
「そうです、僕は討伐隊に入ってからスピカさんにずっと世話になりっぱなしです」
混乱する思考を振りほどくように、チェリクは力強く言った。
討伐隊に入隊してから、スピカから色んな事を教わった。戦闘訓練は勿論、討伐隊の規則や、上下関係についてなど。
 チェリクが隊に馴染めず悩んでいた時に、相談に乗ってくれたこともある。
 言葉に尽くせないほど、スピカには恩がある。
 スピカに恩返しをしたいと思っていはいるが、中々できずにいる。
 そんな彼女から離れるなどできない。
 「どうしてスピカさんから離れないといけないのですか? 答えてください」
 チェリクは睨んだ。自分の親だけでなく、スピカまでを悪く言うハンスを。
 ハンスはチェリクの目つきなど気にせず、余裕の表情を浮かべたまま、チェリクの周辺を歩き始めた。
 「それは言えないよ、ただ君がとてつもなく悲しい思いをするのは事実だよ」
 「……あなたにも分からないのですか?」
 「私は全て知っているけど、言ったらつまらなくなるからね、君に対する意地悪だよ」
 ハンスは人差し指をチェリクに突き立てる。
 「その場面にきて、君がどんな反応を見せるか今から楽しみだよ」
 ハンスの言い分に、不満を抱くのと同時に、彼とは二度と会いたくないという感情が芽生えた。
 これ程にまで性悪な人間は見たことが無い。
 どう考えても人格に問題があるとしか思えない。初対面のチェリクに意地悪を突きつけて、困らせるのだから。
 スピカが人を照らす光なら、ハンスが暗い闇と言った方が相応しいくらいだ。
 「あなたに言われなくても、僕は自分の目で確かめます。それとどんな事があってもスピカさんの側から離れません」
 拳を強く握り締め、チェリクは己の決意を伝えた。
 ハンスが何を言おうと、スピカについていきたかったかったから。
 「それでも良いんじゃない? まあ私は忠告したからね、後悔しても知らないよ」
 ハンスはチェリクの肩にそっと手を置くが、チェリクはすかさず払う。
 彼を嫌いだという意思の表れだ。
 ハンスは自分の手の甲をさすり、にやりと笑う。チェリクの拒絶にも動じていない様子だ。
 「まあせいぜい頑張るんだねぇ」
 「……ご忠告有難うございます」
 チェリクは礼を言った。嫌な相手でも礼儀ぐらいは守りたかったのだ。
 ハンスは背を向けて草原の中に去っていった。
 
 気が付くと、いつも見慣れた天井が視界に入った。
 チェリクは体を起こして、目を擦る。
 「……夢か」
 チェリクは独り呟く。
 夢にしては妙に現実的だった。しかも不安にさせる予言まで告げている。
 頭を軽く振って、考えを切り替えた。心にモヤモヤとした感情が残るが夢のことばかりに気を取られてはいられなかった。
 今日は特別訓練の日で、一日中忙しいからだ。
 チェリクは夢の事を忘れる前に、ハンスに言った。姿が無くてもどこかで見ていると信じて……
 「ハンスさん、僕はスピカさんを信じます。そして未来を変えますから」
 身なりを整え、チェリクは部屋を出た。
 
 だが、チェリクは知らなかった。今後待ち受ける運命を。
 波乱に満ちた世界を……

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