スピカは友達のアディスと共に、買い物の帰り道を歩いていた。
二人の手には袋に一杯詰め込まれた荷物が入っている。
「今日は有難うね、アディス」
スピカはアディスに礼を言う。
「どういたしまして、スッピーの頼みならお安い御用さ!」
アディスは笑った。
買い物をしたのは、スピカが討伐隊の寮に入るため、その準備を兼ねて様々な物を購入したのである。
エレンと行く予定だったが、用事が入り、アディスと行くことになったのだ。
「スッピーがいなくなると寂しいな」
アディスが呟く。
来週にはスピカは住み慣れた街を離れるのである。
「わたしもあなたと会えなくなると思うと寂しくなるわ」
スピカはアディスの顔を見た。
アディスだけでない、エレンとも別れるのだから、不安で一杯である。
自分で決めた道でも……だ。
「やめましょう、この話題、雰囲気が暗くなるわ」
スピカはすぐにこの話を打ち切った。
来週まで少し時間があるし、二人の友とも交流しようと思えばできる。
それに暗い気持ちのままで別れるのは嫌だ。
「せっかくだから、どこかでお茶していかない? 今日のお礼もしたいし」
食事の話に、アディスは直ぐに乗った。
「よし! じゃあオレショートケーキが食いたい!」
リクエストを聞き、スピカはうんうんと頷く。
アディスはショートケーキが大好物で、喫茶店に行くと必ず三つは注文するほどだ。
こうして買い物を手伝ってくれたのだから、彼の望みを叶えても良いだろう。
「ショートケーキなら、近くに美味しい喫茶店があるからそこに行きましょう」
「おう!」
アディスは元気な声を発した。

二人が歩いていると、甲高い女性の声が響いた。
「ビリー、お前また人様に迷惑掛けて! 恥ずかしくないのかい!」
「うっせーな、テメエには関係ねぇだろ!」
スピカとアディスが足を止めると、古ぼけた建物の前で男女が言い争っているのが見えた。
二人を見るなり、アディスはため息をつく。
「またアイツか……」
アディスは囁いた。
彼が憂鬱そうに言うのも、理由があった。
ビリーは、スピカとアディスと同じ賞金稼ぎの仲間である。
彼の話を聞けば分かるように、乱暴な言葉で人に突っかかっては、周囲の人間と度々トラブルを起こす。
賞金稼ぎとして真面目に仕事をしていたスピカも彼にうんざりしていた。ビリーと一度だけ組んだ事があったが、つまらないと理由をつけて途中で任務放棄をしたのだ。
その後、彼の穴を埋めるために必死に任務をこなし、次の日には疲労のため高熱を出し五日間眠り込んだのだ。
他の人間とも何かと理由をつけては任務を放棄することが多く、彼の評判は非常に悪い。
仕事を変えたので、ビリーとも接点が切れたので、こうして見るのは久しぶりである。
「親のことをテメエなんて言うんじゃありません!」
「テメエはテメエで十分だ。 クソババア!」
ビリーは女性に向って乱暴な言葉を吐き出す。
「テメエに産んでくれなんてな、頼んでねーよ!」
ビリーが言った直後に、女性はビリーの頬を打つ。
ビリーは下を見たまま動かない。
突然の出来事に、スピカは言葉が出なかった。
「お前のことはもう知りません、好きにしなさい」
女性は目を擦り、ビリーに背を向けて足早に去っていった。
一部始終を目撃し、二人の男女は体が硬直していた。
「あいつも馬鹿だな、お袋さんにあんなこと言うなって……」
渋い表情を浮かべ、アディスは呆れていた。
彼が言うように、ビリーも言いすぎだ。
話を聞く限り、ビリーが人に迷惑をかけ、ビリーの母親が彼を叱っていた……という所だろう。
スピカは時々ビリーが母親に叱られるのを見たことがあるが、ビリーが母を否定する言葉を口にしたのは初めてである。
「……」
親子のやり取りを見て、スピカは思い出していた。
十五歳の時、自分が母に言ったことを……

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