「はい、オムレツできたわよ」
母親は座っているラフィアとリンの前にオムレツがのった皿を出した。
「わぁ……」
ラフィアは目を輝かせる。
オムレツはラフィアの大好物だからだ。
「今日は大切な日だからちゃんと食べてね」
母親は喜色を顔に現した。
今日は二人が見習いから普通の天使に昇級する儀式があるのだ。
「残さず食べるよ、母さんのオムレツは最高だからね」
リンは言った。
「いただきまーす!」
ラフィアは元気よく言った。
ナイフとフォークを手に持ち、オムレツを一口サイズに切って口に運ぶ。
「どう?」
「美味しい!」
「美味しいよ」
ラフィアとリンは揃って満足そうに口走る。
「なら良かったわ」
母親は二人を見て曇りなく笑った。

「お母さんのオムレツ美味しかったね、食べると1日始まる~! って感じになるよ」
ラフィアは両手を上下に動かしながら明るく言った。
リンの母親とは血の繋がりは無いが、
オムレツを含む美味しい食事を作ってくれるので感謝している。
「そうだね、母さんのオムレツには元気になる源が入ってるんだよ」
リンは冷静に語る。
二人は白い翼を羽ばたかせ通っている学校に向かっていた。
「思えば、ラフィがリン君の家に初めて来た日に食べたのもオムレツだったな」
ラフィアは懐かしむように言った。
ラフィアは六歳の頃に事故で両親を亡くし、リン一家に引き取られたのである。
家に来て最初に食べたのはオムレツで、あの時の美味しいと感じた記憶は今になっても忘れられない。
「よーし! オムレツパワーで学校まで競争だ!」
懐かしむのをやめ、ラフィアは翼を激しく動かし物凄い早さで真っ直ぐ飛ぶ。
毎朝ラフィアがリンとやる事で、ラフィアが必ず勝つ。
リンが乗り気でないことも理由だが……
「ちょ、ラフィ、危ないって!」
リンはラフィアを急いで追った。
他の天使も飛んでいるので突っ走るのは危険である。
リンの心配をよそに、ラフィアは天使をうまく回避して学校の門に着いた。
「やったー! ラフィの勝ち~!」
ラフィアは体から元気のオーラが出て、他の天使の視線がラフィアに向く。
「今日も一日頑張るぞ!」
ラフィアは右手を伸ばした。
「ラフィ、はしゃぎすぎ、皆見てるよ」
リンは飽きれ混じりに注意する。
ラフィアは「へへっ」と笑った。

体育館。
学校中の生徒や先生が集まり、最初は校長の長い話から始まり、次に天使への昇級の儀式が執り行われることになった。
上級天使とメルキが校長と入れ替わる形でステージに現れた。
名前を読み上げられ、ラフィアの同級生がステージに上がる。
メルキが天使の勲章を胸に付け、上級天使が呪文をとなえると同級生は純白の光に包まれ、小さかった背中の羽が大きくなった。
……あれが天使になるってことなんだな。
ラフィアは自分の羽根を見比べて感心した。
「次、ラフィアさん」
自分の名を呼ばれて「は、はいっ!」と立ち上がると同時に、声が裏返る。
「ラフィ、落ち着いて」
隣にいたリンが小声で言った。
ラフィアは緊張した面持ちで前に進んだ。その際心臓の鼓動が高鳴る。
学校の門を潜るまではテンションは高かったが、こういう厳粛な場所には慣れてない。
ラフィアは視線を左にやるとリンと自分の母親が見ていた。
……失敗できないな。
ラフィアは思った。母親が見ている以上、醜態をさらすことはしたくない。
ステージに繋がる階段を慎重に上がり、上級天使とメルキの元についた。
「ラフィアさん、あなたはこれから見習いの天使から、厳しい運命に立ち向かう天使となりますが、その覚悟はできていますか?」
メルキはいつもの軽口ではなく、真剣さを帯びている。
天使になるということは、人間を癒したり、助けるだけでない。
黒天使と戦って傷ついたり、時に命を落とすこともあるという。
怖くないというと嘘にはなるが、人間の笑顔を見られるなら良いとラフィアは思った。先日助けたカメリアの顔は忘れないだろう。
「か……覚悟はできてます。どんな運命でも決して屈したりしません」
ラフィアはメルキに決意を述べる。
「その言葉を大切にして日々精進して下さい」
メルキは言うと白い羽根の勲章をラフィアの胸につける。
「これから力の授与を始めますので目を瞑りなさい」
「はい」
上級天使の指示に従う形でラフィアは目を閉じる。
呪文が聞こえたと思いきや、ラフィアの体の中に力が入っていくのを感じた。
背中が熱くなり、同級生のように羽根が大きくなってるんだと思った。
脳内に映像が流れてきた。 花畑の中に一人の影がゆっくりと近づいてくる。
……この時を待ってたぞ。
男がラフィアに話しかけてきた。聞いたことのない声だった。
……だれ?
ラフィアは声の主に訊ねる。
……近い内に分かるだろう。
映像はそこで途切れ、ラフィアは目を薄っすらと開けた。
「大丈夫か?」
上級天使がラフィアの顔を見つめる。
どうやら力の授与は終わったようだ。
「え……あ、はい」
視線を泳がせつつラフィアは答えた。
ラフィアは一礼してステージを後にした。
……さっきのは何だったんだろう。
ラフィアは声のことが気になって仕方なかった。
ステージを降りる際、同級生と同じく拍手で祝福を受けた。天使になれて嬉しかったが複雑な気持ちだった。


戻る

 

inserted by FC2 system