天使昇級の儀式を終えたラフィアとリンは複数の天使に紛れて体育館から出てきた。
ラフィアはリンに起きた事を話した。
「えっ、声がした?」
「そうなんだよ……」
ラフィアは額に手を当てた。
「僕の時はそんな事無かったけど、副作用かな」
副作用とは力を与えられた際に起きる体調不良だ。ごくたまにであるが、不調を訴える天使も出てくる。
頭痛や目眩、精神的に不安定になったりする。これはあくまで一例であり、他にも様々な症状がでることがある。
ラフィアのように声がしたというのも症状の一つかもしれない。
ただし症状は二~三日で改善するので心配しなくても平気らしい。
リンの言葉を裏付けるように、女子同級生が青い顔をして保健室に向かった。
「あの子も力の授与を受けてから様子おかしかったよね」
ラフィアは心配そうに言った。
「一応先生に見てもらおう」
二人の男女は保健室の扉を潜った。

保健室で処置を終え、ラフィアとリンは教室に来ていた。
「んー何かスッキリした気がするよ」
ラフィアは両手を伸ばした。
保健室の先生に見てもらった所、ラフィアの体・心と共に問題ないという。
ただし保健室の先生には具合が悪くなったと説明し、声のことは伏せた。
言っても信じて貰えなさそうだからだ。
念のためにと保健室の先生はラフィアに元気になる呪文をかけてもらった。
「それなら良かったよ」
リンは朗らかに言った。
「あっ、言い忘れてたけど天使昇級おめでとう!」
「ラフィもね」
二人は笑い合った。
天使になるまで道のりは楽では無かったが、羽根が大きくなったのと力が昨日よりも増してるのを感じると見習いから脱したのだと誇らしくなった。
……お父さん、お母さん、わたし天使になったよ。
ラフィアは亡き両親にも内心で報告した。姿は見えなくてもきっと喜んでるだろう。
今でも両親のことは全て思い出せている訳ではないが、リンの母親によるとラフィアの両親はラフィアを大切にしていたという。
なので娘が天使になったことは両親にとって誇らしいと感じているはずだ。
「はーい、話があるから皆席についてね、いちゃついているラフィアちゃんとリンちゃんもね」
メルキの軽口が飛んで来て、ラフィアとリンは慌てて席についた。
他の生徒達も先生がいきなり現れたことで急ぎ足で自席に向かう。
メルキは男女共通で親しみを込めてか下の名前でちゃん付けで呼んでいる。
悪気はないのだろうが、一部の生徒からは不評である。
「皆さん今日は昇級おめでとう。先生はこのクラス全員が天使になれて嬉しいよ」
メルキは心から喜んでいるようだった。
別のクラスではテストに不合格の生徒がいて、足並みが揃わなかったらしい。
ラフィアは合格できたから良かったものの、もしリンだけが天使に昇級
していたら惨めな気分になったに違いない。
「君たちには、これから黒天使と戦う時に備えて実戦訓練を行うことになるよ。
今までの授業と違って厳しくなるから気を引き締めて欲しい。
ちなみに実戦訓練は明日から行うから今日はゆっくり休むように。また副作用があって具合が悪い人は早めに言ってね」
メルキは「また」と更に話を続ける。
「最近、黒天使の行動も激しさを増してるから、もしかしたら君たちにも戦ってもらうかもしれない。
先生も君たちに行かせるのは嫌だけど、これも天界や人間のためだから理解して欲しい」
ラフィアは「戦う」と聞いて身の縮む思いだった。
前に黒天使と戦って帰還した天使を見たが、誰もが傷だらけで、死んだ天使も出たという。
人の笑顔を守り反面、不安もあった。
「先生!」
体格の良い男子生徒が手を真っ直ぐ伸ばす。
「何かな」
「訓練なんていいから俺は早く黒天使と戦いたいです」
大胆な言動に、ラフィアは目をぱちくりさせた。
「威勢が良いのは先生嫌いじゃないよ
でもね物事には順序っていうのがあるから、生まれたばかりの小鳥が空を飛ぶなんて無理があるよね?
練習を抜きにしていきなり本番は危険が伴うんだよ。
だから明日からの訓練を積み重ねてから実戦に望んだ方が先生は良いと思うな」
「……分かりました」
男子生徒は悔しさを表情に出した。
「とはいえ、君たちの中にも戦いがどんな物か気になる人はいるよね。見たい人はいるかな」
メルキは問いかける。お団子頭の女子生徒が口を開く。
「映像か何かですか?」
「まあ、そうだね、記憶の呪文を使用して写したんだ
今から見るのは一週間前のものだかり比較的新しいよ」
メルキは上着のポケットから紫色の水晶を出した。
映像と音声を記録できる水晶だ。
お団子頭の女子やさっきの男子も手を上げ、他にも友人のマルグリットや苦手なナルジスも挙げている。
意外にもリンは挙げなかった。
「見たい人はかなりいるから映像を流すね」
メルキは紫色の水晶を台に置いて、台にあるスイッチを押す。
水晶が輝き黒板に映像が出てきた。空中には百人ほどの天使が、同じように宙にいる黒天使の群れに立ち向かっていく。
天使は呪文や武器を使用し、黒天使を次々と地面に落としていった。
中には黒天使に攻撃されて負傷して苦痛の表情を浮かべる天使もいた。
……大変そう。
ラフィアは思った。
女天使が弓矢で黒天使の胸に当てて絶命させ、もう一人の女天使は雷の呪文を唱え、黒天使を彼方に飛ばしてしまった。
女天使でも容赦なく戦うんだなとラフィアは感じた。
場面は変わり、他の黒天使とは雰囲気が違う男性が出てきた。
「先生、この人は?」
「奴の名前はイロウ、こいつは黒天使の中でも強い力を持つ危険な男だよ
ただ。こいつはあまり出てこないんだけど、今回の戦いでは出現したんだよ、ちょっと運が悪かったな」
イロウは漆黒の魔法陣を掲げた右手から出した。魔法陣からは巨人が現れた。
……イロウって人……どこかで見た気が……
ラフィアはイロウを凝視した。
頭の中にある閉ざされた記憶の扉が音を立てる。やがて一つの扉が開く。
ラフィアは扉の隙間から、自分の両親とイロウが会話をしているのを見ていた。
両親は深刻そうな顔をしており、真剣な話をしてるのだと感じた。
記憶は唐突に途切れて目眩がした。
机に顔を打ち付けそうになったが、右手をとっさに頭に当てて回避する。
顔色が悪かったのか、メルキに声をかけられた。
「大丈夫? ちょっと刺激が強かったかな」
「へ……平気です」
ラフィアは絞り出すように言った。
そして、この映像を何とか見終えることができた。休み時間にリンにも散々心配されたものの、ラフィアは気丈に振る舞うことができて安心した。

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