ラフィアとコンソーラの過去の繋がりが分かったりと色々あったが、四人は円を描くように椅子に座り、今の状況を把握するために話を始めた。
まずはリンからだった。リンはナルジスに起こされて、一緒に治安部隊の本拠地に向かい、その道中でリンとナルジス、そしてラフィアが幼稚園では仲良しだったことを思い出した。
それから二人は姿と気配を消す呪文を使用して治安部隊の本拠地に入り、黒天使のベリルから黒天使がラフィアを狙っていると知り、その上カーシヴが黒天使に情報を流す内通者だということを知り、すぐさまカーシヴの後を追い、コンソーラと共にラフィアを救出して今に至る。
「僕の話は以上です」
「へぇ……きみとラフィアちゃんとナルジスちゃん昔は仲良しか……知らなかったよ」
「ちょっと信じらんないよ、あのひねくれ天使がわたしを助けてくれたの?」
ラフィアはリンの話を信じることができなかった。
「素敵じゃないですかぁ、友情が復活するなんて」
コンソーラは両手を頬に当て、うっとりした表情をする。
ラフィアはコンソーラに対して複雑な感情を抱いていた。彼女がラフィアが助けた鳥で、コンソーラはラフィアに恩返しがしたいという。
完全に信じた訳ではないが、自分に危害は加えないことは理解できる。
「今はナルジスが写真を持っているから、来たら見せてもらおう」
「そうする。でなきゃ信用するのは難しいよ」
ラフィアはナルジスに対してわだかまりが残っていた。
見下すような言動や、友人を不登校にさせるなど、いくらリンが言ったところで、受け入れることはできない。
「しかし、治安部隊に内通者がいるなんてね、そこは許せないね」
メルキの表情は曇る。
かつて治安部隊で働いていたため、職場で裏切り者がいるのは聞き逃せないのだ。
それはラフィアも同意だが、カーシヴの事情を知っているため、責めるのも気の毒だった。
「あの……カーシヴさんが来ても怒らないで下さい、カーシヴさんはお姉さんを黒天使に人質に取られて仕方なくやってたんです」
ラフィアはお願いした。メルキは普段は軽口を叩いているが、本気で怒ると怖い。
ラフィアは一度メルキが本気で怒る所を見たことがあるが、ラフィアが知るメルキとかけ離れていて背筋が凍りついた。事が事なのでカーシヴに本気で怒ると思うと不安だ。
「言い分は分かるけど、ラフィアちゃんはカーシヴのせいで危険な目に遭ってるんだよ」
メルキはカーシヴを呼び捨てにした。
「分かってます……けど」
メルキの意見は的確だった。カーシヴが原因で黒天使に死ぬほど痛い思いをさせられたからだ。
メルキに怒られるかもしれないが、ラフィアは伝えようと決めた。
「カーシヴさんが、わたしを守ろうとした気持ちには嘘はないと思います。これだけは確かです」
ラフィアははっきり言い切った。
唇と体が震え、不安な気持ちが沸き上がる。
少しの間、保健室は沈黙に包まれた。メルキが怒り出さないか冷や汗が出る。ラフィアは裏切り者を庇うことを口走ったからだ。
しばらくしてメルキが口を開く。
「ラフィアちゃんがそこまで言うなら本当なんだろうね」
メルキはラフィアを見つめた。
「でも、もう少しカーシヴのことについて話を聞いてから判断したいけど良いかな」
「構いません」
ラフィアはメルキが怒らないことに一安心した。
「じゃあ、コンソーラちゃんに聞くけどカーシヴのお姉さんのこと何か知ってる?」
「それは、サレオスさんの管轄というか……私にも分からないんですぅ」
コンソーラは自信なさげに言った。彼女の様子からして本当に知らないようだ。
サレオスの名に、ラフィアは不快な気持ちになる。
「サレオスなら、わたしに酷いことをしたけどね、指を切って血を採った上に、痛い思いもさせられたよ」
ラフィアは唇を尖らせる。
「今さら聞くようで悪いけど、もう体の方は大丈夫なの?」
「うん! 全然何ともないよ!」
リンの質問に答える形でラフィアは椅子から立ち上がり、両手を宙に伸ばした。
自分が元気だと皆にアピールしたいのだ。
「リンちゃんが持ってきてくれたラビエス草のお陰だね、ラフィアちゃんもう分かったから席についてね」
「はい、分かりました」
ラフィアは椅子に腰かけて、話は再開した。
「あの……メルキ先生」
「何かな」
「カーシヴさんは、ラフィを救うためにラビエス草を黒天使から奪ってくれたんです。それだけではなく、ナルジスと一緒に残って黒天使の足止めをしてるんです。
カーシヴさんは僕たちに申し訳ないと思っているはずです」
リンは手を握りしめ、真面目な声で言った。リンもカーシヴが悪いとは思っていないのだ。
「自分のした事を考えると、責任を取るのは当然だと思うけどね」
「そうかもしれませんが、僕もラフィと同じく先生にはカーシヴさんを責めるのはやめて欲しいです」
「リン君……」
二人の生徒がカーシヴを擁護しているため、メルキは決断せざる得なかった。
「二人に免じて、カーシヴが来ても先生は咎めないことにする。だけど今の事態が落ち着いたら、黒天使に情報を流していた罪で裁判にかけることになるよ」
「それで十分です」
ラフィアは朗々とした口調で言った。
「カーシヴの件はひとまず終わりにして、次は黒天使についてだね」
メルキはコンソーラに視線を飛ばした。
「コンソーラちゃん、教えてくれる? ラフィアちゃんを狙う理由を、先生として生徒を危険にさらす訳にはいかないからね」
「わ……分かりました。お話しましょう、黒天使がラフィアさんを狙うのは、ラフィアさんを私達のリーダーであるネビロス様に会わせるためです。ちなみに、この作戦の指揮をとってるのは……」
「イロウでしょ? わたしの夢に出てきたから」
ラフィアはコンソーラの話に割って入る。
「ラフィアちゃん、コンソーラちゃんの話の邪魔したらダメだよ」
「いえ、ラフィアさんの言う通り、イロウ様が指揮をとっています」
「あのさ、一つ良いかな」
リンはコンソーラに言った。
「君の話からして、黒天使はラフィをネビロスに会わせたいんだよね」
「そうですけどぉ……」
「何で今までやらなかったのかな、ラフィが天使になったことも関係ある?」
リンの問いかけに、コンソーラは「はい」と答える。
「ラフィアさんが一人前の天使になる必要もありますが、私達にも準備する時間が必要だったんです。結界を突破する方法や、天界に入った後のことや、その他色々です」
「結界を突破できたのは、移動呪文を使ったから?」
「簡単に言えばそうなりますね。ただ少し違うのが、ガリアさんが作った装置を利用したことです。
移動呪文を使ったら力を消耗して作戦遂行に支障が出ますから」
聞き慣れない名前に、ラフィアは手を上げた。
「質問! ガリアってどんな人ですか?」
「発明のガリアだよ、黒天使に必要な道具を作ったりするんだよ
今回の作戦には欠かせない存在だろうね」
メルキはカーシヴに続いて、ガリアを呼び捨てにする。
メルキは「~ちゃん」と呼ぶのは自分が認めた相手のみだ。
「そうなんですぅ、ガリアさんがいなかったら、作戦の実行はできなかったと言って良いくらいですね」
「コンソーラちゃんが付けてる腕輪もガリアが作ったもの?」
メルキがコンソーラの右腕につけている腕輪に目をやる。
コンソーラは右腕を掲げた。
「ええ、ガリアさんが今回の作戦のために作ったんです。これがないと黒天使は天界内で動き回れないんです
天界内は黒天使が苦手とする力が漂っていますから」
「成る程ね、簡単に言ってしまえば、黒天使の弱点になるね」
メルキの言葉に、コンソーラは怯えた目付きになり、腕輪を左手で隠す。
「ひいゃあっ! 壊すのはやめてください! 死ぬのは嫌です!」
「大丈夫だよ、ボクらはそんな事しないから」
メルキはラフィアとリンに目線を送り、「ね?」と二人に言った。
「やらないから、心配しないで」
「……わたしもリン君と同じく」
「キミの話からして、他の黒天使もつけてるんだね」
メルキの質問にコンソーラは「ええ……」と弱々しい声で答える。
弱点を知られ怖いのだ。
「今度はわたしが聞いていい?」
「何でしょう」
「どうして黒天使のリーダーとわたしを会わせようとするの? 黒天使と天使は敵のはずだよね」
「それは……ごめんなさい、私にも詳しいことは分からないんです」
コンソーラは頼りない事を口走る。
「ただ……一つだけはっきりしていることがあるんですけど……」
コンソーラは言うのを躊躇った。余程のことらしい。
「急にどうしたの」
「とても言いにくい事なんです」
「気になるから、ちゃんと話してよ」
ラフィアは話の続きを催促した。
「驚かないで下さいね」
「分かったから」
ラフィアにお願いされても、コンソーラは不安な様子を隠せなかった。
コンソーラの伝染か、ラフィアの心は不安という曇が覆う。
「ラフィアさんには、ベリルさんと戦うように言われてるんです」
コンソーラの話に、その場の空気はピリピリしたものに変わった。
「ベリルって、乱暴な感じの人だよね」
「ラフィも会ったの?」
「会ってはいないけど、取調室にいた時に声だけ聞いたの、怒っててとっても怖かった」
ラフィアはリンに目を合わせた。
「って、リン君はベリルに会ったことあるの?」
「うん、昨日のテストの帰りにね。怪我をしてたから助けたんだよ」
「私とも会ったんですよ」
「キミ逹、話が脱線するから後にしてね」
三人が話していると、メルキが手を叩く。
「コンソーラちゃん、先生の立場からして言わせてもらうけど、ラフィアちゃんを戦わせるなんてできない
ラフィアちゃんはまだ天使になったばかりで、実戦訓練を積んでないからね
それに、ベリルの事はティーアから聞いてるけど、戦闘経験の無い天使とベリルが戦うなんて自殺行為に等しいよ」
「で……でもぉ、イロウ様はベリルさんとラフィアさんを戦わせると譲らないんです。
目的を果たさない限り、天界を出でいかないとまで言い切っているんです」
「全く、イロウは何を考えてるんだか……」
メルキは頭をかきむしった。
「先生……」
ラフィアはメルキが苛ついた様子になり、心細そうな声を発する。
メルキはラフィアの声から気持ちを察して、両肩に手を置いた。
「ラフィアちゃん、心配しなくても、先生が何とかするから」
メルキはラフィアに温かく語りかけた。
いつもはふざけた印象があるメルキだが、ここぞという所は先生だなとラフィアは思った。
「コンソーラちゃん、イロウと話ができるかな」
「た……多分できると思います。イロウ様は天界の様子を見てますから」
「お願いしても良いかな」
「やってみますが、皆さんは耳を塞いでてもらえませんか、グザファン語で話しますので」
勉強が苦手なラフィアでも、グザファン語の危険性は認識できた。
グザファン語は天使が聞くと、言葉の邪悪な力により、生命力が減るのだ。
「何で普通に喋らないの?」
「イロウ様の指示ですので」
「ラフィアちゃん、リンちゃん、音封じの呪文を今からかけるよ」
メルキは両手を上げ、詠唱を口にする。
「この者逹の耳に音が聞こえなくなることを、我が命じる」
唱えると同時に、黄色い光が二人の耳に入っていった。
『どう、先生の声は聞こえる? 聞こえないなら首を縦に振ってね』
メルキが話しかけてきた。
声は聞こえないが、口の動きでメルキの言ってることは分かったので、ラフィアは首を縦に振る。
『なら呪文は成功だね』
メルキはリンにも試し、ラフィアと同様に首を縦に振った。
メルキは自らに呪文をかけ、黄色いオーラを纏う。邪悪な呪文から身を守る呪文の一種である。
これで生命力を減らすことを防げるのだ。
ラフィアはメルキが気の毒に思えた。なぜならグザファン語は邪悪な力だけでなく、耳障りな声で聞いているだけで不快になるのだ。
授業で聞いた(邪悪な力は抜いてはある)ことはあるが、一分も聞いてられなかった。
メルキもそれを承知の上だろうが、 可哀想でならない。
コンソーラの体から漆黒の光が出た。イロウへの通信が始まったのだ。

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