コンソーラは腰に携えている黒色のポシェットから袋を出した。
「あ、あのぅ……お近づきのしるしにこれを……」
袋の中には沢山のマフィンがあった。
最初に反応したのはメルキだった。
「おっ、美味しそうだね、コンソーラちゃんの手作り?」
「そうです」
ラフィアはコンソーラ手作りのマフィンを見て疑いの目を向ける。
ラフィアはベッドで体を起こした状態である。リンとメルキはラフィアの体調を心配して側にいる。
「……毒とか入れてないよね」
ラフィアの声は固かった。コンソーラは途端に悲しげな表情になる。
「そんな姑息な事はしませんよぉ、イロウ様もベリルさんも美味しいって言ってくれたんですよ」
「じゃあ、僕が食べるよ」
リンは言うと、マフィンを一つ手に取った。
するとメルキがリンを止める。
「待った。先生が最初に食べるよ、黒天使の体に合ってても、天使には合わない事もあるかもしれないからね」
メルキはコンソーラに顔を向ける。
黒天使が食べれる食材でも、天使には毒になる食材があるのだ。
コンソーラが作ったマフィンにも入っている可能性はある。
呪文で調べることもできるが、メルキの様子からして使わないようだ。
「コンソーラちゃんもそれで良い? コンソーラちゃんがボク逹に悪意が無いのは分かってるけどね」
「構いませんよ」
メルキはマフィンを一個手に取る。
「気を付けて、メルキ先生」
「心配してくれて有難うね、じゃあ頂きます」
ラフィアの言葉を返した後に、メルキはマフィンを一口噛んで飲み込んだ。
メルキは少しの間黙った。
「メルキ先生……」
ラフィアは心配そうな顔を浮かべる。メルキが黒天使のマフィンを食べて苦しみ出すのではと思ったからだ。
が、ラフィアの想像とは違う展開になった。
「疑ったりして悪かったね、天使でも食べれるし美味しいよ」
メルキはコンソーラに明るく言い、マフィンを二つ手に取りラフィアとリンに差し出した。
「ラフィアちゃんも、リンちゃんも食べて平気だよ」
「なら良かったです。コンソーラ今度こそ頂くよ」
リンはメルキからマフィンを受け取った。
「ラフィアちゃんは食べない?」
メルキに訊ねられても、ラフィアはすぐに答えなかった。
ティーアの尋問や、黒天使からの逃亡でお腹は空いている。よってマフィンをすぐに食べたい所だが黒天使が作ったものを口にするのは抵抗がある。
「メルキ先生、無理に勧めないで下さい」
「そうだったね、ごめんねラフィアちゃん」
メルキはマフィンを下げた。ラフィアに気遣ったリンはマフィンを頬張っている。
「マフィン、美味しいよ」
「そう言ってもらえると嬉しいです」
リンは誉めた。コンソーラは顔に喜色を表した。
ラフィアも分かってはいた。コンソーラは他の黒天使とは違うことを。
コンソーラが自分を狙っているなら、マフィンに毒を仕込んだり、眠り薬を仕込みそうだが、二人を見る限りそういう兆候はない。
直接襲撃してくるかというと、その線は否定しても良い。コンソーラは見るからに気弱そうで、攻撃性はない。
むしろコンソーラのマフィンを食べて幸せそうな幼馴染みや先生を見ると、自分も食べたくなってきた。
「……ねえ」
ラフィアはおずおずとコンソーラに声をかける。
コンソーラはラフィアの声に反応した。
「何でしょう」
「あの……その……」
ラフィアは恥ずかしげに視線を泳がせる。
「マフィン、一つ欲しいんだけど……」
「はい! 喜んで!」
コンソーラは高らかな声でラフィアにマフィンを両手で出した。
メルキの時とは明らかに違う対応に、ラフィアは困惑する。
「貰って良いのよね?」
「もちろんです!」
ラフィアはそっとマフィンを手に持ち、口に含んだ。
外はさくっ、中はふんわりしており驚くほどに美味しかった。
「……美味しい」
ラフィアは感想を漏らした。コンソーラは目を輝かせた。
「良かったです! ラフィアさんが美味しいと言ってくれて! 長い間料理の勉強をした甲斐がありました!
天使のラフィアさんが平気な食材を研究してた努力が実りましたよ!」
気弱から一転し、コンソーラは人が変わったように明るく話した。
あまりの変化に、リンとメルキはぼう然とする。
「コ……コンソーラ……君……」
リンは絞り出すようにして声を発した。
リンに名前を呼ばれて、コンソーラは「はっ」と表情が固まる。
「すみませぇん、私としたことがラフィアさんに誉められて嬉しくなっちゃって……つい……」
コンソーラは顔を下に向けた。口調からしてまた気弱に戻った。
明るくなったと思えば、気が小さくなり、コンソーラは感情の起伏が激しいようだ。
メルキは残っているマフィンを口に放り込む。
「もしかしてコンソーラちゃん、ラフィアちゃんと何かあった?」
マフィンを胃に入れ、メルキは訊ねた。
「どうしてそんな事を聞くんですか」
「ラフィアちゃんも見て分かったと思うけど、コンソーラちゃんはきみに対してだけ顔つきも態度も先生の時とかなり違ってるよね」
「そう……ですけど」
ラフィアは嫌でもコンソーラの態度の違いは理解できた。
「わたし、黒天使に知り合いはいません、いたらティーア士官に叱られます」
ラフィアは自分を守るために今もベリルと戦っているティーアのことを思い返す。
黒天使と関わり合いがティーアに知られたら彼女からの叱責は免れない。
ティーアは子供に優しいので注意だけで済むが、他の治安部隊の人間なら禁固刑にしかねない。
「……ラフィアさんが分からないのも無理ないと思います。私は鳥の姿をしてましたから」
コンソーラは少しだけ威厳を加えた声で口走る。
「鳥?」
「ええ、十年前に私は鳥の姿になって天界に入ったんです。疲れて動けなくなっている所を、ラフィアさんに拾われて助けてもらったんです」
コンソーラは立ち上がると、両目を閉じた。
「こういう姿です」
コンソーラの姿は黒天使から、小さな黒い鳥に変化した。
リンは「あっ」と声を上げる。
「ラフィの部屋で見たよ、間違いない」
「わたしが面倒見てたの?」
ラフィアはリンに視線を向ける。リンは軽く頷く。
「クーちゃんって呼んでたんだ。元気になるまで懸命に世話してたんだよ」
「へえ……そうなんだ」
過去の自分は知らず知らずに黒天使を助けていたようだ。
コンソーラは黒天使の姿に戻る。
「まさか君があの時の鳥だったなんて……」
「ラフィアさんには本当に感謝してるんです。助けてくれなかったら今の私はいませんから」
コンソーラの柔らかな口調には真剣さが混ざっていた。
「ラフィアさん、助けてくれて有難うございます。恩はこれから返しますね」
コンソーラは笑った。
ラフィアはとんでもない相手を救ってしまったと思った。
黒天使なのもそうだが、コンソーラが自分に対する想いが強そうなので尚更だった。

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