青空の下に、二人の天使が白い翼を羽ばたかせていた。
「うう……ドキドキするな……」
小柄で背中まで伸ばした青髪の少女・ラフィアは緊張した様子だった。
「落ち着きなよ」
茶色い髪にショートヘアの少年・リンはラフィアを宥める。
二人は今日、学校のテストとして地上で天使の救いを求める人間の元に行き人助けをするのだ。
このテストに合格すると見習い天使から天使に昇級できる。
「だって……初めてなんだよ、人を助けるなんて、あまり無茶なことじゃなきゃ良いな」
ラフィアは言った。
人を助けると聞いているだけで、具体的な内容は相手次第なのだ。
「大丈夫だよ、黒天使を倒せなんて無いって言ってたから
怪我や病気を治すとかそれくらいだって」
黒天使とは人間を脅かす存在であり、天使が倒すこともあるが、ラフィアとリンは見習い天使のため力が弱く戦うことはできない。
よって、リンが言うように治療系の人助けがメインとなる。
「だったら良いな、今のうちに呪文の練習しようっと!」
ラフィアは言うと、体を回しながら治療呪文を何度か口にする。
ちゃんと人助けが上手くいくようにしたいのだ。
リンはラフィアの様子を見て微笑んだ。
しばらくすると小さな村が見えてきた。
「あの村の教会にいるみたい」
ラフィアは指差した。
人間が天使を呼び出すのは主に教会である。
「頑張ってね、僕はそろそろ行くよ」
リンは言った。
幼馴染みとして心配してかラフィアが
目的地に着くまでついてきてくれたのである。
リンの優しさに心が救われた思いだった。
「一緒に来てくれてありがとう、リン君も頑張って」
「ラフィこそ、無理しないでね」
リンはラフィアを愛称で呼んだ。
ラフィアが手を振る中、リンは飛んで行った。
「よし、やるよっ!」
不安を振りきるようにラフィアは気合いを入れて、村に向かって飛んだ。

教会の窓から覗くと、一人の金髪の女性が瞳を閉じて祈っている。
「……あの人かな」
ラフィアは首を傾げる。
『そうだよ、彼女の名はカメリアさんって言うんだ』
脳内に突如声がして、ラフィアは「ひやっ!」と変な声が出る。
声の主はラフィア逹の先生であるメルキだ。
『ああ、驚かせてごめん、ラフィアちゃんとはテレパシーで話してるんだ
キミは何かと心配だからね、困ったことがあったら聞いてね
口に出さなくても考えるだけで会話できるから』
「お気持ち、嬉しいです」
ラフィアは複雑な気分になった。
ラフィアは勉強が苦手でメルキの授業で居眠りすることがあり、授業の内容が身に付いていないというのもしょっちゅうである。
今回のテストを受けるためにも、試験の合格が必要だったが、リンの手助けを借りてギリギリ合格できたのだ。
「では、カメリアさんの前に出ます」
ラフィアは生唾を飲み込み、すり抜けの呪文を使い窓を開けずに教会に入った。
ラフィアは羽根を動かして、ゆっくりとカメリアの前に降り立つ。
「目を開けて下さい」
ラフィアはやんわりと言うと、カメリアは目を開ける。
「わたしを必要としているのはあなたですか?」
ラフィアはカメリアに問いかける。
するとカメリアは質問に答えずラフィアの両手を握りしめてきた。
「ああ! 天使様、お願いがあります。どうかわたくしの夫に会わせて下さい!」
カメリアは必死になって言った。
「お……夫に?」
急な話にラフィアはついていけず困惑する。
「はい、一ヶ月前に病気で他界し、その際最期に立ち合えず、夫の最後の言葉を聞けなかったことが心残りなんです。
天使様になら夫に会わせてくれると思ったんです」
カメリアは目から涙が湧いている。見てるだけで辛そうだ。
何とかしてあげたいが、亡くなった人間を生き返らせるのは天界の掟に反する。
「……どうします?」
ラフィアは予想外の事態に不安を感じメルキに訊いた。
『これも治療の一つだね』
「どういう事ですか?」
『カメリアさんは肉体より精神に傷を負っている。このまま放置すると自死を選ぶだろうね』
「心の傷を癒す。ですね」
メルキが何が言いたいかをラフィアは理解する。
確かに授業でもやっていた。人間の肉体の損傷だけてなく、時には精神を治すこともあると。
『そうだね』
「でも、死人を蘇生させるのは禁止ですよね」
『ダメだね、もしやったら地獄行きだよ、自然の摂理を無視するから
まあ、見習いのキミには蘇生できるほどの力は持ってないはずだし』
「じゃあ……どうすれば?」
『少し考えてごらん、カメリアさんの旦那さんもきっとカメリアさんに最期に言葉を伝えられず未練が残ってるから、まだ魂は地上に留まっていると思うよ』
「そっか、旦那さんの魂を引き寄せて話をしてもらえば良いんだね」
吸引の呪文もうろ覚えだが、できない事もない。
『後は先生が教えたからできるよね、やってごらんよ』
「……あの、どうしたのですか?」
メルキとのテレパシー会話を終えた時に、カメリアに声を掛けられる。
時間にして一分ほどだったが、カメリアにとって気が気ではないのだ。
「申し訳ありません、あなたの夫に会わせる方法を考えている所でした」
「まさか……できないんですか?」
カメリアは恐る恐る聞いてきた。
ラフィアは「いえ」と短く言う。
「あなたの夫の名は?」
「オレットです」
「分かりました。オレットさんに会わせてあげましょう」
ラフィアは目を瞑り、白い翼を広げる。
「我が名はラフィア、オレットよ天からの使いとして命ず。我の前に姿を現したまえ」
ラフィアの声と共に、光の粒子が二人の間に集まり始め、やがて一人の男性の姿を形成した。
男性の姿を見たカメリアは驚きと喜びが混ざった表情を浮かべる。
「あ……あなた?」
「そうだよカメリア、俺だよ」
男性はカメリアに言った。
カメリアは男性の体を抱き締める。
「あなたっ! 会いたかったわ!」
カメリアは感激のあまり涙を流した。
ラフィアは力を使っているため、どんな様子か知らないがカメリアの声からして心の底から嬉しいのだと感じとることができた。
「すまないな、突然君の前からいなくなったりして」
「いえ……あなたの事だから、私に負担をかけたくなかったのよね」
「ああ、俺が死ぬ前の苦しむ姿を君に見せたくなかったからな、それよりちゃんと食べてるか?」
「あなたが死んでから食事も喉を通らなかったの……」
カメリアは涙を拭いながら話した。
「カメリア、辛いかもしれないけど、前を向いて歩いて欲しい
元気な君を見たい人が、俺を含めて家族や友人にもいるから」
オレットの言葉に、カメリアは軽く頷いた。
「何とかやってみるわ、あなたの言葉を聞けて心が軽くなった気がするもの」
「俺も君に会えて良かったよ」
オレットとカメリアはお互い体を寄せ合った。
「天使様、わたくしの夫に会わせてくれて感謝します」
「貴女には礼を言います。だからもう俺のために力を使わなくても良いですよ」
オレットに言われ、ラフィアは力を止める。
オレットは消え去り、途端にラフィアは地面に座り込む。
「はぁ……はぁ……」
ラフィアは息を切らした。
力の消耗が激しかったので立つのが辛いのだ。
「大丈夫ですか」
カメリアはラフィアの顔を覗き込む。
カメリアに心配かけまいと、ラフィアは痩せ我慢して立ち上がり、作り笑いを見せた。
「平気ですよ……それより旦那さんに会えて満足できましたか?」
ラフィアは問いかけた。カメリアは吹っ切れたように明るく笑った。
「とても嬉しかったです。本当に有難う」
ラフィアは内心安堵した。
カメリアの顔を見て、心の傷を癒せたと判断できたためだ。
「わたしはこれで帰ります。あなたの人生が幸多いことを願ってますよ」
ラフィアは言って翼を羽ばたかせて教会を後にした。
ラフィアの見習い天使としての人助けは無事に終わったのだった。

天界に帰還し、ラフィアは自宅に戻った。
「ふう……つかれたぁ……」
「大変だったね」
ラフィアはベットに横たわり、ラフィアの自室に招かれたリンはクッションに座る。
今日のテストのことで話したいとラフィアが呼んだのだ。
「良いなぁリン君は、怪我や病気の人の治療で済んで」
ラフィアはリンのことが羨ましかった。リンは三人ほど治療するだけで終わったからである。
ラフィアは練習した治療呪文を使う機会がなかったので悔しいのだ。
「僕はラフィが凄いと思うよ、心の治療なんて中々できないことだし」
「そうかもしれないけど……」
ラフィアは歯切れ悪く言った。
メルキの助言があったお陰で切り抜けられたが、次も同じようにいくとは限らない。
「色々あったけど、テスト合格おめでとう」
リンは祝いの言葉を口にした。
二人とも見習い天使から天使となることが決定した。
天使になることで人間の治癒は勿論、黒天使と戦ったりすることができる。
明日は天使になるための儀式が行われる。
「リン君もおめでとう、これからも頑張ろう」
「ラフィこそ、今後は身を入れて勉強しないと駄目だよ」
「わかってるよ~」
ラフィアは言った。
これからの授業はますます難しくなるので、気を引き締めないといけない。
二人は眠る時間まで談笑したのだった


戻る

 

inserted by FC2 system