シュリの他界の一報は、二ヶ月後が経った頃にリンの自宅に届いた葉書で知ることになった。葉書を書いた主はエルカで、葬儀は二日後と記されている。
前に私用の葉書が職場に届いたのは手違いで、今回はちゃんと自宅に来たようだ。
寿命は見ていたので、シュリが亡くなるのは覚悟していた。にも関わらずリンが葉書を持つ手は震えていた。面識のある人物の他界は精神的な打撃を感じているのだ。
天使嫌いのエルカがわざわざ葉書をくれたので、欠席するなどできなかった。リンは翌日職場に休暇届を提出した。無論シュリの葬儀に出るためだ。

二日後、雨が降る中シュリの葬儀を終え、リンはモルゲンと幼馴染のラフィアと共に傘をさして教会を出た。
三人とも背中には呪文がかかっているため白い羽根がなく、黒い喪服姿に身を包んでいる。
三人は教会から少し離れた所で足を止める。
「モルゲン、ラフィ、今日は有難う」
リンは同行してくれた二人に礼を言った。
何故二人がついてきたのかというと、モルゲンはリンが心配だから、ラフィアはリンが葬儀に持参する花(葉書には花を持参しても構わないと記されていた)について相談した結果一緒に行くと言い出したからだ。ラフィアは友人の影響のため花には詳しいのだ。
ラフィアのお陰で花に関して言われることは無かった。
「気にすんなよ! 無事に切り抜けられて良かったな」
モルゲンはさっぱりとした言い方をした。
葬儀の際、リンはエルカに睨まれっぱなしで緊張した。シュリの棺に花を置く時は、シュリには悪いが冷や汗ものだった。
「……エルカさん、そんなに悪い人には見えないよ」
ラフィアは静かに言った。モルゲンは一歩前に出た。泥が跳ねて黒いズボンに付く。
「何言ってんだよ! あの女オレらのことを汚いものでも見るような目付きで見てたんだぞ!」
「モルゲンくんには、そう見えたかもしれないけど、わたしにはシュリさんを失った悲しさと苦しみを押し殺しているように感じたよ、モルゲンくんはリンくんがエルカさんに殴られた怒りから、エルカさんの見方が悪い方に見えるんだと思う」
ラフィアは長々と語った。モルゲンを「くん」付けするのは、モルゲンと同じ教室で過ごした名残である。
ラフィアがエルカの行いを知ってるのは、リンから聞いたためだ。
「おまえ難しいこと言うんだな」
「……わたしは感じたことを言っただけだよ」
「リン、おまえはどうなんだ。あいつ怖い目で見てたよな」
モルゲンはラフィアからリンに話を振った。エルカの顔は確かに怖かった。しかしモルゲンが言う汚いものというのは誇張し過ぎな気がした。思い返せばラフィアが感情を押し殺しているというのがしっくり来る。
「モルゲンの意見も一理あるけど、僕はラフィの意見に同意するかな」
リンはモルゲンに申し訳ないと思いつつ言った。
「……オレはあの女がどうも好かねぇけどな」
モルゲンはエルカへの嫌悪をはっきりとさせた。
リンに手を上げたことや、天使を見る時のしかめっ面は第一印象としては最悪である。
ちなみに自分達が天使である証拠は、指に付けている白い指輪である。これは天使の白い羽根を消す呪文が込められている。人間が一目見て自分達が天使であることが分かるのだ。
「モルゲンがそう思うなら、それで良い……付き合わせて悪かったよ」
「オレが勝手に付き合ったんだから、おまえが謝ることじゃねぇ……それよりさっさと天界に帰って飲み直そうぜ、辛気臭ぇ場所での酒はマズくて仕方ねぇからな」
モルゲンは落ち着きなく言った。会食の時、三杯くらい飲酒していたが、満足していないのだ。
「モルゲンくんまだ飲むの? 飲みすぎると体に障るよ」
「オレは丈夫だからヘーキだ! ラフィアこそ酒くらい飲めるようにしておけよ」
モルゲンの発言に、ラフィアは困った顔を浮かべた。
「わたし……お酒ダメなんだ。ちょっと飲むだけでも酔っちゃうから」
二人が話している時に足音がした。
リンは音の方に目を向けると、エルカがむすっとした顔でリンを見ていた。
足音に二人も気付き、モルゲンが前に出た。
「何か用か」
モルゲンが尖った口調で訊ねた。ラフィアがすかさず間に入る。
「モルゲンくん、そういう言い方は良くないよ」
「……あんた達には用は無いわ、用事があるのがそこの茶髪だけよ」
エルカは顎でリンを差した。リンは硬い表情のまま進み出る。
「僕に?」
「場所を変えましょう、ついて来て」
エルカは言うと颯爽と歩き始めた。
「オレらも行こうか?」
「いや、僕だけ行くよ、二人は先に天界へ帰っててくれ」
「気を付けろよ、もし何かあったらテレパシーで言えよな」
テレパシーは天使が使用できる連絡手段だ。顔と名前が分かれば、念を飛ばして会話ができる。
「分かったよ」
「リンくん、また後でね」
ラフィアは心配そうな顔でリンに語りかけてきた。
リンは「ああ……」と言い、エルカの後をついていった。

リンはエルカに同行し、傘を閉じ、木で出来た小屋に入った。
「この小屋はあたしが仕事場に使っている場所だけど、雨にも濡れないし、あんたの羽根も出して平気でしょ」
エルカはリンに背を向けたまま口走る。天使の羽根は水に弱く、濡れると重くて飛べなくなる。
エルカは天使嫌いでもその辺は気遣ったのだろう。
リンは指輪をはめている右手を顔まで掲げた。外してもまた指にはめ直せば羽根は消える。
が、少し考えた後、リンは右手を下ろした。
「……僕はこのままの姿で話を聞くよ」
リンは毅然とした態度で言った。エルカは人間なので、リンも対等な立場でエルカと話がしたかった。
エルカはリンの方を振り向いた。
「あたしに気を遣ってるの?」
「それもある」
リンは短く言った。
エルカの天使嫌いは承知の上だからだ。羽根を出さないのもエルカへの配慮である。
「……まあ、好きにすれば」
エルカはそっけなく言った。
「それより、僕に話があるんじゃないの?」
「ああ、そうだったわね、今日はシュリの葬儀に来てくれたことには感謝するわ」
「僕を葬儀に呼んだのはシュリの意志かな」
「そうね……まさかあんたが連れと一緒だとは思わなかったけどね。あんたと同じ天使?」
「そうだよ、もし気に障ったなら謝るよ」
リンは言った。
エルカがくれた葉書にはリン一人の名しか記されていなった。エルカの許可なしにラフィアとモルゲンを同行させたのはまずかった。
「別に良いのよ、天使だろうが大勢来てくれただけでシュリだって嬉しいはずよ」
エルカは怒っている様子は無かった。エルカの顔はみるみると曇る。
「……最も誰かを責めてもシュリは戻って来ないけどね」
エルカの声色は悲しみに染まり、目には涙が溜まる。葬儀の際には見せなかったが、終わってから緊張の糸が切れたのだろう。
シュリとは幼馴染の関係で、彼を失った悲しみは大きい。
エルカの涙は木に透明なシミを作った。
「エルカさん……」
リンはエルカに何を言えば良いか迷った。エルカは涙を持参したハンカチで拭う。
「みっともない所を見せたわね」
エルカは声を潤ませつつ、早足でリンの側を通過し、扉の前に立つ。
「私の話はこれで終わり、あんたとはもう会うことも無いでしょうけど元気でね」
エルカは扉を開いた。出ていけということらしい。
リンとしても、エルカに掛ける言葉も無かったので、無言で小屋を出た。

リンは天界に戻り、リンの部屋で飲み会を始めた。ラフィアを除き男二人は酒を飲んだ。
「っかーうめぇな! やっぱ解放感がある場所での酒は最高だな!」
モルゲンはビールを飲んで元気よく言った。
「モルゲンくん、そんなに飲んで大丈夫?」
「へーキだ!」
ラフィアの心配をよそにモルゲンはビールをグラスに注ぐ。
モルゲンはこれで五杯目だ。
「おい、リン、おまえも飲めよ!」
「あ……うん」
リンはビールが半分入ったグラスを差し出し、ビールで一杯にする。
リンはビールを少し飲んだ。これで二杯目だが、酔いが回り頭がくらくらしてきた。
シュリはもういない。どんなに探しても会うことはできない。話によるとシュリの魂は転生し、再び人間として生まれ変わるらしい。
……終わったことをいつまでも嘆いても仕方ないよな。
シュリの命を救えなかった痛みは、ずっと残るだろう。それでもリンは生きていかなければならない。
……守れる命は、これから守っていくしかない。
リンは思った。過ぎた時間より、これからの方が大切である。

リンはシュリのことを覚えつつ、飲み会を楽しむのであった。


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