風紀委員と夏祭り・その1 作者:ねる

「はー美味しかった」
明美はお茶を一口飲み、空のお弁当箱の蓋を閉じた。
二人の少女は陽向が作ったお弁当を買って食べたのである。
「阿部さんの格好可愛かったね」
雪乃ははきはきと語る。
明美は茄奈と御影兄妹の可愛い格好を思い出していた。茄奈は黒色のメイド服でねこみみ、陽向はうさみみを装着しピンク色のフリフリのメイド服、蒼空は執事服を身につけ、黒縁メガネと黒いいぬみみという井出達だった。
明美は陽向から、雪乃は茄奈からお弁当を購入していた。
「そうね、お弁当の売り方も上手かったね」
明美は茄奈がお弁当を売っている光景を頭の中に浮かべる。
聞いた話では、茄奈は生活費のためにバイトをしているという。その経験を生かしてるのだ。
明美も茄奈の弁当を購入しようかと思ったが、陽向の人懐っこい笑顔に惹かれ、彼女からお弁当を受け取ったのだ。
「……ところで」
雪乃は弁当箱を横に置く。
彼女の表情から、明るさが消えている。
「頬の方は大丈夫?」
思い出したように雪乃は言うと、明美を見据えて訊ねた。
慧にぶたれた頬は、朝見たら大分腫れが引いていた。
この程度で被害が済んだから良かったと言える。噂によると慧は放課後に他校の生徒とケンカをしているらしい。その上怪我を負わせているという。
あくまで噂だが、もし真実ならば学校の在籍が危ぶまれる。
「もう平気よ、心配かけてごめんね」
明美は頬に手を当て、苦笑いを雪乃に見せる。
「私のことは大丈夫だから無茶しないで」
明美は雪乃の手を握って言い聞かせた。
「……明美ちゃんを疑うわけじゃないけど、伊澄に何したの」
想像通り雪乃は納得しておらず、食い下がる。
慧に怒鳴られるだけならまだしも、手が出たのだから黙っていられないのだ。
この場で口を閉ざすのは簡単だが、雪乃は納得しないだろう。
流石に話さないわけにもいかず、明美は腹を括った。
「昨日伊澄は茶道部に来て、彼から蛇嫌いだっていうのは聞いたのよね?」
「うん」
雪乃は頷く。
明美は昨日起きた出来事を説明した。昼休みに慧が明美と言流に突っかかったこと、そこで言流が慧の蛇嫌いを教えたこと、放課後に慧が男子生徒に暴行を加えそうになり、明美が仲裁に入り蛇を慧に見せて退けたこと。
話している間、雪乃は黙って聞いていた。
「龍前くんに教わったの?」
全てを聞き終えると、雪乃は首を傾げた。
明美は指を口に立てる。
「内緒だよ、誰にも言わないでね」
明美は声を押し殺す。
こうして内緒話ができるのも、雪乃を信頼できる人物として認めているからだ。
すると雪乃は真剣な顔をした。
「明美ちゃん、それってやってはいけないことだよ、いくら伊澄が手を焼くからって人が触れて欲しくない部分に触れるなんてダメだよ」
耳の痛い言葉だった。
よく考えれば、慧が蛇を見せられて暴走したのも、嫌な部分に触れられたからである。
雪乃の話はまだまだ続く。
「明美ちゃんもヘアバンドを誰かに触られると困るよね? それと同じことだよ」
雪乃は明美がしているヘアバンドを指差す。
明美は他人に妹のヘアバンドを触られることを酷く嫌う、妹との思い出を穢されるような気がするのだ。
「伊澄が秘密を言った犯人を探っているのか分かるよ」
「……」
明美は口を閉ざさずにはいられなかった。
雪乃が述べているのは正論である。
慧の行動が改まらないとからといえ、明美がやったことは褒められたことでは無い。
段々と自分の行いが恥ずかしく感じてきた。
「とにかく伊澄には今後蛇を一切見せないこと、あと龍前くんにも秘密を探るのをやめるように言わないとね」
「そうするわ」
明美はお茶を一口飲む。

この地点で明美は気付いていなかった。
楼蘭が仕掛けた監視カメラが雪乃に話した会話の一部始終を記録していたことを。

そして楼蘭が慧に、連絡をしていたことも……


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