その後、私は星野さんと共に生徒指導室に来た。
ここの方がお互い落ち着くからだ。
「先生がやったんですか」
星野さんの問いに私は「そうよ」と短く答える。
「正確には伊澄くんの時間を止めたと言った方がいいわね」
「そんな事ができるんですか?」
私は静かに頷く。
私の話に星野さんは言葉を失った。
普通では考えられないからだ。
私自身もこの力に気づいた時、戸惑ったくらいだ。
私を見る目が変わっても仕方がないのかもしれない。
星野さんは悩みつつも、口を開いた。
「……どんな理由があっても輝宮先生が私を助けてくれたことは事実です」
星野さんは私を見据える。
言葉は淀みなく、はっきりしたものだった。
星野さんは良い子なんだと改めて思った。
星野さんは頭を下げ、穏やかに笑う。
彼女の言葉と表情で、私は救えたんだと心の底から思った。
星野さんが生徒指導室から出ていこうとしたので慌てて声をかける。
「星野さん!」
星野さんは扉に手をかけたまま、振り向いた。
「今日のことは内緒にして欲しいの」
私の力は見せ物ではない。
なので誰かに知られるのは困る。
「分かりました。誰にも言いません」
星野さんは素直に答えた。
「有り難う」
私は礼を述べた。
星野さんのことだから、決して言わないだろう。
そして星野さんは生徒指導室から去った。

温かい気持ちを抱き、私は外を見て回った。
屋台では生徒の賑やかな声が響き渡り、空には花火が浮かぶ。
屋台の中で星野さんと倉木さんが笑い合ってクレープを食べ、星野さんの幼馴染の櫻庭翔太(さくらばしょうた)くんは 村上一希(むらかみかずき)くんと共に肉を頬張っていた。
……本当に良かった。
二日後の星野さんとは違い、幸せそうだった。
このまま穏やかに過ぎればそれで良かったが、事は思うようにならなかった。


祭りが終わり、生徒達が帰宅した頃、私は屋上に来ていた。
「……話って何かしら」
私は呼び出した女子生徒に訊ねる。
「余計なことをしないで欲しいのよね」
私の前に立つ一人の少女が見据えてくる。
彼女の名は虚首楼蘭(からさきろうらん)さん、星野さんの同級生で、屋上にテントを張って暮らしている。
虚首さんは教師を含めた年上でも敬語を使わないため、注意するものの、改める気配がない。
「余計なことって何? 先生は虚首さんの気に障るようなことをしたかしら」
「明美を助けたことよ」
虚首さんは不機嫌そうに言った。
「あなたが余計なことをしたせいで、明美の物語が進展しなかったじゃないの」
虚首さんが怒る原因は、星野さんと伊澄くんの件だ。
私が介入したことが気に入らないのだ。
虚首さんは同年代の生徒にはない独特の雰囲気を持っている。
だけど、私は怯まない。
怯んでいたらなめられるからだ。
「……先生は星野さんを守っただけよ、生徒が危険にさらされているのを放っておけないわ」
「あなたが良くても、こっちが面白くないのよ」
虚首さんはトゲのある言い方をした。
把握している限りでは、虚首さんは人を動かしたり、眺めたりするのが好きなのだ。
もし、虚首さんの望みが実現していたら、星野さんは決して笑わなかった。
だから私の行いは間違ってはいないはずだ。
「虚首さんがどう思おうが、それはあなたの自由よ……でも」
私は胸に手を当てる。
「先生は生徒のことを守るわ、虚首さん、あなたもね」
私ははっきり宣言した。
虚首さんの視線を感じつつも背を向けて、私は屋上を去った。


その後、祭りは無事に終わり、夏休みに入った。
星野さんのご両親が来ることはなく、職員室の空気はいつものままだった。
「輝宮先生!」
藍川先生が笑顔を見せて、私の前に現れた。
前に経験しているこの時の藍川先生は、沈んだ表情で、今とは対照的である。
「夏休みに良かったら一緒に遊びに行きませんか?」
「いいわよ」
私は快く承諾した。
藍川先生は明るい顔が似合っている。
「かがみーん」
変な呼び方をして、王正義(おうまさよし)先生が手を振って現れた。
「もう……その呼び方はやめるように言ったはずですよ?」
私は苦笑いを浮かべた。
王先生のあだ名は前の時間枠ではなかったことだ。
かがみんと呼ばれるのは不満だが、これも幸せの代償だと思った。

私が持つ力は決して悪いことばかりではなく、幸せな場所を作れたのだった。


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