職員室の空気はどんよりとしていた。
エアコンの風が体だけでなく、私の心まで冷やしてしまいそうだった。

こうなったのは、今朝のことだった。
星野さんのご両親が学校に抗議しに来られたので高等部一年担当の藍川鈴音(あいかわすずね)先生と同席した。
夏休みに入る前に祭りがあり、その時に星野さんは男子生徒から暴力を振るわれたのだ。
星野さんの顔は見ていて胸が痛むほど痛々しいもので、親御さんが激怒するのも無理はない。
私たちの指導不足や、安全管理がなってないと指摘したのだ。
これについても正論だ。
問題を起こした男子生徒に適切な指導をしていれば星野さんが傷つくことはなかったからだ。

自分への苛立ちで体が震える。
生徒一人守れず何が教師だ。
これでは本当に祭りが上手くいったとは言えない。
「輝宮」
女性の声が私の側から聞こえてきた。
顔を上げると、天ノ川銀河(あまのがわぎんが)先生が立っていた。
「輝宮だけのせいではない、これは私たちにも責任がある」
私の表情を察してか、銀河先生は優しい言葉をかける。
嬉しいが、今の私には重い。
「お気遣い有り難うございます。でも……」
私はその先が言えなかった。
親御さんの怒りの声が頭から離れない。叱られるのはしょうがないが、精神的に滅入ってしまう。
銀河先生には悪いが一人になりたかった。
「すみません、ちょっと席を外しますね」
銀河先生に一声かけ、私は職員室を後にした。

蝉が大合唱をし、蒸し暑い空気が体を包む。
私は校舎にある花壇の前に来ていた。
「きれい……」
私は花を見て、そう呟いた。
仕事が嫌になったり、辛くなった時はここに来る。
どの花も生き生きと咲いており、見ている方も癒される。
植物が好きな女子生徒の永山薫(ながやまかおる)さんが心を込めて世話をしているのがよく分かる。
植物の世話をするために夏休みにも関わらず、永山さんは学校に来ている。
私が出勤した時も、植物に水をやっている永山さんに会って挨拶を交わした。
彼女の笑顔は眩しかった。
彼女のように、星野さんにも笑ってほしかった。
生徒を守れなかった悔しさを紛らわすために、私は手を強く握りしめる。
私は花から掌に目線を移した。
「何してるんだろう……私……」
しばらくして手を開くと掌は赤くなっていた。
こんな事をしても、星野さんの痛みが晴れる訳ではない。
二度と繰り返さないように反省し、生徒が安全に学園生活を送れるようにすることが、罪滅ぼしになるだろう。
掌を凝視して思った。
私には星野さんが笑顔になる手段を持っていると。
私は生まれつきに時間操作ができる。
時を止めることや、時間をさかのぼることもできるのだ。
祭りが終わってからさほど時間が経っていないことが幸運だった。
「使っても、罰は当たらないわよね」
決心が揺らがない内に、私は校舎の裏へ足早に移動した。

木と草で覆われている校舎の裏、想像通り人気が無い。
私は手を真っ直ぐに伸ばす。そうしないと使えないからだ。
私は目を瞑り、二日前に戻れるように、強く念じた。
次の瞬間、私の足元が無くなる感覚がして、意識が途切れた。

 

森に覆われた本殿。
明美は目の前にいる暴君に、厳しい言葉を突きつけていた。
あなたは可哀想な人。
人を傷つけて、恐怖に陥れ何が楽しい?
明美が言う度に相手の目の色に殺気がみなぎっていくのが分かるが、明美は怯まない。
明美は睨み付けて 声を張り上げて言った。
力があるのなら、人の役に立つことに使うべき、あなたの力の使い方は間違えてる。
明美がそう言い切った時、暴君の手は上がり、明美の顔に当たる瞬間、不思議なことが起きた。
何故なら、暴君の体は動かくなったからだ。
明美は口を半開きにして、困惑する。こんな事はあり得ない。
「間に合ったわね」
明美が振り向くと、そこには風紀委員の顧問である輝宮まりあ(かがみやまりあ)が立っていた。

 

星野さんは戸惑っている様子だった。
動いていた人間が固まったように止まればきっと驚く。
相手が相手なだけに尚更だろう。
「輝宮先生……どうしてここに?」
この時の私は職務放棄した王先生を追いかけ回していたため、星野さんの窮地を知らされていなかった。
だが二日後から来た今は知っているため、星野さんを助けることができた。
「倉木さんに聞いたのよ、星野さんが伊澄くんに呼び出されたって」
私は理由を答える。
私が動きを止めた相手の伊澄慧(いすみけい)くんは柄が悪く些細なことで人に絡む問題児である。
星野さんはそんな彼から目をつけられ、呼び出されることになったのだ。
「雪乃がですか?」
「そうよ」
私は言い切った。
雪乃こと倉木雪乃(くらきゆきの)さんは星野さんの友達で、人を思って行動する生徒だ。先輩である阿部茄奈(あべかな)さんと一緒に星野さんを助けようとしていた。
「説明は後でするから、今はここを離れましょう」
伊澄くんは三時間くらいは動かないようにしたが、星野さんを早く本殿から連れ出したかった。
生徒を守りきれなければ、教師失格だ。
「伊澄はどうなったんですか?」
星野さんは伊澄くんに目をやる。
「ちゃんと話すわ」
今はそう言うのが精一杯だった。
空気を察してか、星野さんは口をつぐんだ。

 

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