気づけば私はいつも母に殴られていた。
理由はよく分からないが、私はいつも母から痛みと苦しみしか与えられていなかった。

そんな母が病気で亡くなり、 私は今、母の墓前に立っている。

私は黙って母の墓に水をかけて、綺麗にしてあげた。
次に花を添えて、私は手を合わせ、目を閉じる。
本心を言うと、来たくなかったが、この人の肉親である娘の私に責任が回ってくる。
なので無視はできないのだ。
私は立ち上がり、水桶を手に持ち、母の墓に背を向けた。
話すことなんて何もないからだ。
「まりあ」
母の墓から離れた矢先だった。
名を呼ばれ、私は声がした方に目をやると、初老の男性が立っていた。
……私の父と名乗る男だ。

 

「来てくれたのか」
男は私に訊ねてきた。
私はしばらくしてから「ええ」と答える。
「あんな人でも私の親ですから」
私は冷たい声を出す。
小綺麗な喫茶店に入り、私はこの男と話をすることになった。
父親なんて呼びたくなかった。
私が産まれてから既にいなかった上に、母から仕打ちを受けている時でさえ助けてくれなかった人だ。
父親らしいことをしなかった癖に、あの人の葬儀に顔を出して、私の父親だなんて名乗る。
ムシがいいにも程がある。
どういう理由があったにせよ、この人が私を捨てたことに変わりがなく、許すことはできない。
これからもずっとだ。
「それで……どのようなご用件ですか?」
私は聞き返す。
こんな男と話すのをやめて、帰りたかった。
すると男は一枚の封筒を私に差し出した。
「何ですか、これは」
「君のお母さんの手紙だよ、もしものために残しておいたんだ」
怒りで体が震えた。
……正直受けとりたくなかった。
娘を傷つけておいて、何を考えているのか理解できない。
「悪いのですが、受け取れません」
私は必要なお金を置き、鞄を持って、そのまま店を出た。
男の悲しげな顔が目に写ったが、気にせず、 そのまま帰路についた。

私はそれっきりあの男に会うことはなかった。

「ママ」
私の前に、娘の佳歩が絵本も持って立っている。
佳歩はにこにこ笑っていた。
「ご本読んで!」
「分かったわ」
私は言った。
結婚してから、娘が産まれ、とても幸せだ。
絵本のタイトルは「シンデレラ」
よほど好きらしく、毎回持ってくる。
「シンデレラ、好きね」
「だってシンデレラが綺麗なドレス着るから!」
佳歩は私の顔を覗き込む。
女の子らしく、可愛い物や綺麗な物が大好きだ。
娘を産んでみて改めて思う、何故母は私に手を上げたのか。
言うことを聞かずに、嫌になることもあるが、それでも娘は愛おしい。
この子が一人前になるのを見届けたい。

あの男から受けとらなかった手紙にあったかもしれないが、もう二度と見られない。
なぜなら、あの男は他界してしまったからだ。

「……シンデレラは王子様と幸せに暮らしましたとさ」
私が言うと、佳歩は私の膝の上ではしゃぐ。
「シンデレラ綺麗!」
佳歩はドレス姿のシンデレラを指差した。
「そうね、とっても綺麗ね」
私は返した。

手紙の内容は分からなくてもいい
ただ私は今ある幸せを守りたいと思った。

戻る

inserted by FC2 system