体育館には大勢の人間が集まり、校長が一人一人に卒業証書を手渡す。
生徒が卒業証書を受けとるのを見ると、ああ、皆旅立つんだなと思う。
「出席番号十七番、星野明美!」
星野さんの名前が呼ばれ星野さんは「はい」と凛々しく返事をして、立ち上がる。
卒業する生徒の中に、星野さんも含まれている。
風紀委員として、後輩や同級生を引っ張ってきた彼女は四月からもういない。
これまで二回卒業式を見てきたが、今回は格別に寂しい。

私の胸は複雑な気持ちが交差した。

 

卒業式を終え、人がにぎわう校庭で、去っていく生徒や保護者を見送る中で、私は声をかけられた。
「先生!」
私が振り向くと、卒業証書を手に持った星野さんが泣きはらした表情で走って来た。
「星野さん……」
星野さんは涙を拭いて、私を見た。
「輝宮先生……今まで有り難うございました……私……先生のこと決して忘れません……」
喋っている間星野さんは泣き出してしまった。真面目な星野さんでも、卒業は寂しいのだ。
星野さんは医学部に進学することが決まっている。将来は一人でも多くの人を救える医者になりたいそうだ。
私は手に顔を当てている星野さんをそっと抱き締める。
「先生も忘れないわ、星野さんのこと」
星野さんは黙ったままだった。
星野さんだけではない、他の生徒のことも決して忘れない。
一人一人癖はあったけど、共に過ごして楽しかった。
卒業してしまうのは寂しいが、思い出は消えない。
「輝宮先生ー!」
元気な声が私の耳に飛び込んできた。
星野さんの幼馴染みの櫻庭翔太くんだ。
彼は涙を流さず、いつものように元気一杯だ。
「先生、今までお世話になりました! こんな俺が卒業できたのも先生のお陰すよ!」
私の前で櫻庭くんは頭を下げた。
櫻庭くんは三学期の期末テストで赤点ギリギリの成績だったものの、卒業できることになった。
彼は就職が決まっている。
「櫻庭くん、体には気を付けてね」
私は言った。
社会人は体調管理が大切だ。空手部に所属していた櫻庭くんなら心配いらないと思うが、念のためだ。
「大丈夫っすよ、どんな事があっても俺は倒れませんから!」
「もう、調子いいんだから」
顔を赤くした星野さんが口を挟む。
「働きすぎて倒れないでね、翔太くん」
星野さんは寂しげに笑う。
幼馴染みとして星野さんは櫻庭くんのことが気がかりなのだ。
「あけみんこそ勉強し過ぎないで、たまには外に出ろよ、医学部ってよく分かんねーけど」
「分かってるわ」
二人は笑い合った。
四月からは別々の道に行くが、二人の絆は消えないだろう。
そんな時だった。「おーい、翔太!」と二人の男子生徒が遠くから声をかけてきた。
いつも櫻庭くんと行動している子達だ。
「いけね、そろそろ行かなきゃ!」
櫻庭くんは両手足を動かして、慌てた様子になる。
「じゃあ先生、俺はこれで失礼します。あけみん、また後でな!」
櫻庭くんは早足で二人の男子生徒と交流し、肩を組んで歩いていった。
「私もそろそろ失礼します」
星野さんは落ち着いた声で言った。
彼女も学校を去るのだ。
「先生、また会いに来ても良いですか?」
星野さんは私を見据える。
「勿論よ、困ったことがあったらいつでも来なさい」
私は口許を緩めた。
学校を卒業しても、星野さんは生徒に変わりない。
悩みがあれば聞いてあげることはできる。
「それでは先生、またお会いしましょう」
「星野さん、元気でね」
「はい!」
星野さんは言うと、私に背を向けて走っていった。

 

こうして星野さんを含む生徒の卒業式は幕を閉じた。
空は清々し晴れていた。

 

卒業式の夜、私は恋人である昇さんの家で過ごしていた。
「乾杯」
昇さんの声と共に、お酒の入ったグラスを鳴らし合った。
私はお酒を一口飲む。
「今日はお疲れ様、今日は腕を奮って君の好物を作ったから冷めない内に食べてよ」
昇さんは明るく言った。
テーブルには、彩り豊かな料理が並び、どれも美味しそうに見える。
私はちらし寿司を皿に乗せて、口に運ぶ。
「美味しい」
私はそう言わざる得なかった。
「君のその言葉が聞けて俺は嬉しいよ」
昇さんは言った。
私は他の料理を食べたが、どれも美味しい。
昇さんは料理が上手でだというのが改めて理解できた。
「これだけ作るの大変だったでしょ?」
「なーに、まりあさんのためなら、こんなの苦じゃないって!」
昇さんは頼もしく語る。昇さんは卒業式の際、準備に追われ、忙しそうだった。
疲れている中で、多くの料理を作るのは容易なことではない。
「明日の朝は私が作るね」

私は提案した。今日は昇さんの家で過ごすからだ。
明日はお互い休みなので
時間をかけて手の込んだ料理を作れる。
「いいのか?」
「たまには私の手料理を食べてもらいたいからね」
私は言った。
「何を作るんだ?」
「昇さんが好きなオムレツよ」
「それは楽しみだな!」 昇さんは目を輝かせる。
昇さんは卵料理が好きで、特にオムレツには目がない。
普段は仕事熱心な昇さんだが、好物が絡むと子供のようにはしゃぐ。
そんな部分を含めて私は彼が好きだ。
「楽しみにしてて、美味しいオムレツ作るから」
私は彼に笑いかけた。

 

私と彼の穏やかな夜はゆっくりと流れていった。

 

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