オレは結局、彼女に思いを伝えることは叶わなかった。
胸には悔しさだけが残り、日々を消化するように過ごしている……

……それは、あっけなく終わりを迎えた。

「なーに、しょぼくれてんのよ!」
オレの肩に軽い痛みが走り、振り向くと、幼馴染の真希が仁王立ちでオレを見ていた。
真希はオレの隣に並んだ。
「あんたのことだから、ここにいると思った」
真希はオレと同じように空を眺めた。
学校の屋上から見る景色は綺麗で、何かあればここで暇つぶしをする。
授業中の時間帯だが、やる気が出ずサボったのだ。
「何しに来たんだ」
オレは訊ねる。
真希は目線を変えないまま、口を開く。
「ちひろに告白できなかったことを、まだ後悔してんの?」
「……」
オレは黙る。
ちひろはオレが初めて好きになった女の子で、真希とは友達関係にあった。
数週間前に、引越しで遠い場所へ行ってしまった。
引越しが発覚した後、オレと彼女の関係はギクシャクし始め、出発するまでの間口を一切聞かなかった。
「……あの子もさ、あんたのこと好きだったのよ」
真希はぽつりと呟く。
「引っ越す前日に、泣きながらあたしに打ち明けたの、でもあんたが嫌だったら困るから黙っておいてって」
オレは目を見開く。
彼女もオレと同じ気持ちでいたのか……離れて初めて気付く事実に驚きを隠せなかった。
「今のあんたを見ていると、言わなきゃなと思ったの」
真希は寂しげな表情を見せた。
制服のポケットから一枚の紙を取り出して、オレに差し出す。
「それは?」
「ちひろの家の電話番号、気持ちは言葉にしなきゃ伝わらないよ」
オレは真希から紙を受け取った。
「有難う」
「頑張りなよ」
真希は微かに笑った。

家に帰宅すると、オレは真希から受け取った紙を眺めながら、電話番号を押していった。
その作業がとても長く感じられた。
緊張のためか心臓は高鳴り、手には汗がにじみ出る。
震えた手で発信ボタンを押し、何度もコール音が鳴り響く。
もし、オレの思いを彼女が拒否したらどうしようと不安にかられ、電話を切りたい衝動にも駆られたが、必死に振り払った。
『はい、小宮ですけど』
一番聞きたかった声が、オレの耳元に届く。
今は遠くに行ってしまったが、こうして声を聞くと、安心した。
「オレだ。内山春樹」
オレが名を名乗ると、彼女は言葉を失い、黙り込む。
無理もない、口を訊かずに離れ離れになったのだから。
電話を切られても構わない。それ以上彼女に電話をかけるつもりなど無かった。これで最後にしようと決めていた。
「いきなり電話をかけてきてごめんな、番号は真希から聞いたんだ」
オレは謝る。
真希の名前を出した途端に、安心したようで、彼女は沈黙を破った。
『真希ちゃんならやると思ったわ』
「そうか……」
『それで、何か用?』
彼女は訊ねてきた。
オレの頭の中は真っ白になった。帰る途中で練習したのだが、相手を前にして言葉が出なくなった。
オレは頭を掻き毟り、自分の口から思いを引き出そうとする。
しかし、出ない。
何も言わないオレに彼女は不信に思ったらしく、声を掛けてきた。
『どうしたの』
「あ……いや……その……」
オレは言葉に詰まり、肝心な部分が出てこない。
『大丈夫、今が駄目ならかけ直そうか?』
それは困る、ここでタイミングを逃すと一生後悔する気がした。
「待ってくれ!」
オレは慌てて言った。
このまま言わずにずっと悔いが残るのは嫌だ。彼女に思いを告げられず、ずっと灰色の日々を過ごすのはもうゴメンだ。
「小宮に伝えたいことがあるんだ。電話したのもそのためなんだ」
オレは早口で言った。
『え……』
「オレさ……ずっと前から……」
オレは何度も深呼吸をし、そしてはっきりと述べる。
「小宮のことが好きだったんだ」
ついに言った。自分の気持ちを彼女に言えたことが、小さな達成感となった。
だが、彼女の返事を聞いていない。もしかしたら向こうの方で既に好きな人を見つけていることもある。
そしたら潔く身を引くつもりだった。
電話の向こうからすすり泣く声がする。
「……小宮?」
オレは恐る恐る声をかける。
どうしたのだろうか?
『……ずるいよ……内山君』
彼女は涙声で言った。
『どうしてもっと早く言ってくれなかったの……』
彼女の言葉が胸に刺さる。
引っ越す前に伝えれば、こんなにほろ苦い思いをせずに済んだのに。
「……ごめん」
オレは再び謝った。
『私も……内山君がずっと好きだったの……』
胸が熱くなった。彼女もオレと同じ気持ちなのだと思うと嬉しかった。
このまま終わらせたくないという思いが強かった。
オレは受話器を強く握り締める。
「小宮……」
オレは彼女に呼びかける。
彼女はか細い声で「なに?」と聞き返してきた。
「今度の冬休み、そっちに行っても良いか? 小宮と一緒に回りたいんだ」
もうすぐ冬休みなのだと、カレンダーを見て思った。
冬休みを使えば、彼女に気兼ねなく会える。
電車代もかかるだろうが、バイトをすれば何とかなる。
『内山くんなら大歓迎だよ』
「そうか……良かった」
彼女の声色は元に戻っていた。

その後、オレは彼女と再会し、楽しい時間を過ごした。
引越し前のギクシャク感を埋めるように……

別れる際には、オレと彼女は下の名前で呼び合う仲にまで進展していた。

オレは忘れない。
熱いこの思いが胸にあることを……


戻る


inserted by FC2 system