スピカは光を見つめる。彼女の目の前には白い光が浮いていた。
「あなたは誰?」
スピカは光に訊ねた。すると光は答えた。
……私は、貴方を元に世界に戻すために送られた使者とでも名乗りましょう。
光の言い分をスピカは信用できなかった。アークのことだ。いつまでも魔法陣内で抗っているスピカを放ってはおかず、記憶を失ってほしいと望んでいる。
目の前にある光はアークが送り込んだ僕だと疑った。
「まさかだと思うけど、銀髪の男の指示じゃないわよね?」
怒りを含んだ口調でスピカは言った。ずっとアークに従ってはいたが、今回の件でついていけなくなったからだ。
この世界から抜け出したら、時間がかかっても闇の集団とは縁を切ろう、殺戮人形に戻っても心のどこかでは、かつての自分が残っていることを信じて。
すると光は耳を疑うようなことを言った。
……違うわ、貴方は夢の世界にいても疑り深いのね。
どういうこと? スピカは思った。光の言っている事がいまいち飲み込めない。
「なにそれ……何かの冗談よね……?」
困惑したスピカを見て、光は話を進める。
……分からないのも無理はないわね、貴方はアークの力によって夢の中にいるの。今までの出来事は全て夢なのよ。
「信じられない……嘘でしょ」
受け入れられず、スピカは混乱した。
何の疑いもなく生活してきたことが、光の言うことが正しければ、全て作り物だということになるからだ。
……嘘ではないわ、これが証拠よ。
光は映像を出した。そこには自らがベットに横たわり、周りには男女が沈痛な面持ちで見守っている様子が映っていた。その中にはチェリクも含まれている。
……貴方はアークの攻撃を受けて意識不明に陥ったの、それから約三ヶ月以上は眠り続けているのよ。
「仲間……? チェリクはわたしの仲間なの?」
スピカはチェリクを凝視した。チェリクはスピカの手を握り続けており、表情は固い。
……正確には貴方の後輩ね、彼も貴方を救うために私に力を貸したのよ、貴方もこの世界で会ったでしょう?
光は静かに語る。
確かにチェリクとは会っている。ただし何も知らない赤の他人としてだ。
彼の様子からして、スピカを大切に思っているのが分かる。現実でも夢でもチェリクとは友好的な関係だったと言える。
「ちょっと待って、どうしてアークの攻撃を受けなければならないの? わたしは今まで闇の集団にいたのよ」
チェリクの事を後にして、スピカは一気に質問をした。
唐突に夢の世界にいましたと言われても、映像を見せられても実感が沸かず信じる事ができない。
アークは双子に攻撃を与えた事など一度も無く、手を上げたとしても人に迷惑をかけるなど悪い事をした時くらいだ。
もしかしたらこの光もアークの策略なのかと疑ってしまう。
光は映像を消した。
……現実だけを見せて飲み込めないわよね、やりたくは無かったけど、事態が事態だから止む得ないわ。
嫌な予感がして、スピカは表情を強張らせる。
……思い出して、私と共に戦ってきた日々を……そして貴方の友・アメリアのことを!
眩い光が空間全体を覆い、スピカは瞳を閉じる。
その瞬間、急激に頭の中に記憶が流れ込んできた。
スピカはハンスと共に森の中を逃げ、途中でハンスとは生き別れになってしまい、塔に入りスピカは約十一年振りにハンスと再会したが、ハンスにこてんぱんにやられてしまった。
その後ハンスが所属している闇の集団のリーダー・アークと遭遇する。
「こんなに違うの?」
悲しそうにスピカは呟く。
今まで知っている記憶とは一転し、苦い記憶にスピカは胸が痛んだ。
闇の集団では一緒だったハンスとは七歳の時に離ればなれになり、その上戦わなければならない関係になっていのである。
ハンスの記憶がきっかけに、ゆっくりとだがスピカは現実の記憶を思い出してきた。
両親をアークに殺され、その後は賞金稼ぎに入り友のサヤと共に生活、しかしサヤをギルド側のミスで任務中に失い、ギルドに抗議をしにいくも粗末な対応に怒りが頂点に達し事件を起こした。
夢の世界では自分の都合が良いように進行し、現実は思うようにいかない、スピカは痛感した。
そして闇の集団は双子の仲を引き裂いた憎むべき存在で、アークは様付けして従う人間ではなかったのだ。
記憶の流れは更に続く。それはスピカにとって最も残酷な記憶だった。
『お願い、僕を殺して』
ハンスは弱々しい声を発し、スピカに訴えかける。
聞こえた瞬間、スピカは耳を両手で塞ぎ、全身が震えた。
記憶の中のスピカは心の痛みに苛まれつつ、ハンスの命を救いたいと願っていた。神様が降りてハンスを助けてくれる。友達が薬を投げつけてハンスを助けてくれる……他力本願だが、現時点でのスピカには短時間でハンスを救い出す方法は思いつかなかったのだ。
スピカは己の無力さに憎悪し、同時に嫌悪した。たった一人の家族すら救えない自分に。
悩み、苦しんだ挙句、スピカは世界を救うためにハンスの命を奪ったのだ。その後ハンスの亡骸を抱いて泣き続けた。涙が枯れ、喉が潰れるまで。
「思い出した……わたしはハンスを殺したんだ……この手で」
瞳から涙を溢し、スピカは自分の右手を眺める。
この手でハンスを死へと導いた。あの時の記憶は消す事は出来ない。
アークをこの手で倒し、闇の集団を潰す日までは死なないと誓ったのだ。全ては自分のような悲しみを誰にも味あわせないために。
ハンスと一緒に闇の集団に入る夢は、血の繋がった家族と一緒にいたいと思うスピカの願望そのものである。
……貴方の中にある罪悪感は、ずっと貴方を縛り付けていたの、そこをアークが狙ってきたのよ。
アメリアと名乗る女の声が再び聞こえた。
過去の記憶が急速に呼び起こされ、遂には討伐隊で過ごしてきた日々も思い出した。膨大な情報量が脳内を駆け巡ったため、スピカの足元はふらつく。
スピカはようやく気付いたのだ。ハンスと闇の集団で共に戦った生活も、アークに双子一緒についていったのも全ては夢だったと。
そう、アークの力によるものだと。
現実世界の記憶を戻してからスピカは始めて声を出した。
「わたしは長い間、アークに踊らされていたのね? アメリア」
スピカは引き締まった表情に変わっていた。
6 戻る 8