アークは自室でワインを飲んでいた。部屋は綺麗に整理されており、彼の几帳面な性格が出ている。邪魔な物があると落ち着かないのである。
「……奴等め、また下らぬ争いをしてるのか」
ワインを一口啜り、苛立ち混じりに呟く。
彼は双子が争っているのを、激しい波動の乱れによって知った。この乱れ方は剣を出して争っている証しだ。
双子が喧嘩をするのは珍しくない、喧嘩をすれば仲直りをするという繰り返しである。
だがお互いが剣を出したのならば止めなくてはならない、命に関わるからだ。
この前も些細なことで、お互いが大怪我をするほどの喧嘩となった。
直接行きたい所だが、この後予定が詰まっている。アークは闇の集団を束ねる人間だ、部下の小競り合いのために時間を使っている余裕は無い。
他の誰かに行かせた方がいいだだろう。アークは部下の顔と性格を浮かべる。
「どうやらお困りのようですわね」
低い声がしてアークは目線を移す。扉の前には、一人の女が立っていた。
「マリアか」
女……もといマリアはアークに近づいた。白い月が彼女のほっそりとした顔立ちと青い双眸を照らす。
「双子のことなら私に任せてくださいな、私なら彼等を連れ戻せますわ」
アークはマリアの顔を眺めた。マリアは双子に剣を教えている。また長い時間双子と時を過ごしてきたため、アークよりも熟知している。
「分かった。奴等のことはオマエに任せる。くれぐれも無理はするな」
アークは忠告を兼ねて言った。双子の喧嘩は時に部下の身を危険に晒す事もある。元に止めに入ろうとして三人も怪我をしている。
いつ死人が出てもおかしくない。
「お任せ下さい、これでも双子の扱いには慣れていますもの」
マリアは微笑んだ。
一方、双子の方はハンスの先制攻撃により、戦いの火蓋が落とされた。
ハンスは空高く飛び、空中で回転し、スピカに突っ込む。
スピカもハンスと同じく体を回転させ、ハンスの攻撃を短剣に受け止める。双子は夜の闇に溶け込んでいた。
お互い長い時間を共に過ごしたため、ハンスの動きを読むのは簡単である。
「流石はお姉さまだよ、動きを読まれてつまらないや」
攻撃をやめ、ハンスは息を切らす。屋敷での戦いの影響は彼を蝕んでいる。
それでも油断は出来ない、ハンスは一度決めたら遣り通すのをスピカは知っているからだ。
突然、ハンスの左手から白い光が溢れたと思えば、一瞬で目の前に飛んできた。
反応が遅れ、右肩に光が当たり、激痛が走る。
スピカは険しい表情を浮かべ、右肩を押さえた。
「ハンス……あなた一体何を……」
搾り出すようにスピカは言葉を発した。
ハンスの未知の攻撃と、傷の痛みにより、脳内は混乱している。
彼とずっと戦ってきたが、今回の技は初めて目にする。
ハンスは再び光を左手から出し、口を緩めた。
「お姉さまが全く興味を示さなかった”魔法”の一種さ、マリア先生に教わったのさ、これって強力なんだよね」
話が終わらない内に、四方から光の玉が迫り、スピカは真上に飛んだ。
「無駄だよ」
左手を握る仕草をすると、光の玉は一つとなり、スピカに突進してきた。
回避する間もなく、スピカは光をまともに食らって吹き飛ばされた。地面に強く叩きつけられ、スピカはそのままうずくまる。
「う……ううっ……」
スピカは消えそうな声を出す。
右肩に加え、背中は燃えるような痛みが走る。
足音が響く、ハンスが近づいてくる。早く身構えなければ命の保障が無い。スピカは背中の痛みを堪え、ハンスの方を向いた。
「どうだい、魔法のお味は」
ハンスは嫌らしく微笑む。
「結構なお味な事、美味しいのね」
右肩を押さえ、スピカは皮肉を口走る。
魔法の事は詳しく無いが、攻撃を受けて危険な物であることが十分理解できたし、ハンスが魔法を取得していたことに内心驚いた。
「これだけ食らって懲りただろ? 私も鬼じゃないよ、さっきの発言を撤回すれば勘弁してやるよ」
「残念だけど、それは無理」
スピカはハンスを睨んだ。どれだけ攻撃を受けても、考えを曲げられない。
闇の集団にいることは、スピカの将来には入ってはいないのだ。
「あなたが何を言おうと、わたしは闇の集団を出るわ」
「……折角助けてやろうと思ったのに、お馬鹿さんだね」
スピカに拒否され、ハンスの表情は曇る。
口では倒すと宣言はしたが、血の繋がった姉を救いたいという気持ちがあるのだ。
「ごめんね、あなたを傷付けて」
スピカはハンスの思いに答えられず胸が痛んだ。自分が選ぶ道はハンスと決別するという意味である。
ハンスは闇の集団に留まり、スピカは外に出る。
もう一緒にはいられないのだ。
ハンスは左手を掲げると、服や髪が揺れ、白い光が集まり始めた。
嫌な予感がした。強力な魔法を放つようだ。ハンスの全身からは殺気が放出している。
「墓に入る前に目を覚まさせてあげる。今の貴女はチェリクに洗脳されているよ」
白い光が、ハンスの悲しげな表情が映し出した。スピカは心と体の痛みを無視し、神経を魔法に集中する。
ここで逃げ切れなければ、死が待っている。
自分を変えるきっかけをくれたチェリクのためにも、生き延びたい。その思いだけだ。
「これで……さよならだからね」
左手が振り落とされた途端に、太い柱がスピカ目掛けて落ちた。振動と共に敷き詰められたレンガの地面が剥がされた。
スピカはギリギリの所で回避した。少しでも遅れていたら、光の餌食になっていただろう。
安心するのは早かった。光の柱はスピカを狙い落ちてきたからだ。スピカはハンスに背を向け、降り注ぐ柱の弾丸を潜り抜ける。
スピカは魔法のことには疎いが、攻撃を読むのは得意だった。攻撃をまともに食らったのは、動きの法則を飲み込めなかったからだ。今は大体の動きが読め、避けられるようになった。
しばらく走り続けていると、細い道にも終わりが見えてきた。もうすぐだ。もうすぐこの攻撃も終わる。生き延びたらチェリクに会いに行こう、スピカは自分に言い聞かせる。
チェリクは確かこの街の貧乏区に住んでいると聞いた。
「チェリク待ってて……必ずあなたに会いに行くから」
スピカの脳内には、チェリクの微笑みが浮かぶ。
同時に、彼の言葉が蘇る。
『僕は貴方が来るのを待っています。だから悪の道から足を洗ってください』
彼のためなら、闇の集団を抜けて普通の人間として暮らそう。
人を殺す事も、争う事も無い。平和で穏やかな生活が望ましい。
道の終わりに差し掛かった時だった。一つの影がスピカの前に立ちはだかっていた。
「全く、あなた達双子はいつも世話が焼けるのね」
影が高速でスピカに接近し、回避する暇を与えず急所を突いて来た。
スピカの意識は、闇の中に吸い込まれていった。あと少しで自由を得られると思った矢先に……
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