双子の前には、一人の男が迫っていた。
ハンスはスピカの後ろに隠れ、スピカは男を睨みつける。
「来ないで! 人殺し!」
スピカは目を真っ赤にして、男に憎しみをぶつける。
両親を奪った相手を許す事などできない、愛情を注いでくれた家族を何の前触れも無しに失った苦しみは、双子の中から消えることはない。
「オマエ達から両親を奪ったことは謝罪しよう」
男は立ち止まり、静かに口を開く。
「だが心のどこかでは、これで良かったのだと思っているのではないのか?
オマエ達は誰よりも強くなりたいのだろ?」
男の問いかけに、双子の体はぶるりと震える。
スピカは両親の期待に答えたい、ハンスは馬鹿にする人間達を見返したい、理由は違うにしても、「強くなりたい」という思いは同じである。
スピカは幾度となく人と戦ってきて戦いには自信があったが、目の前にいる男には勝てない気がしてきた。力の差もあるが、男から放たれる威圧感がスピカの自信を吸い取っていた。
男はスピカの目をじっと見た。
「心配するな殺しはしない、俺は無益な殺生はしない主義なんだ。ただしオマエの返事次第だがな」
「……あなたは人の心が読めるの?」
スピカは恐る恐る訊ねた。
「そうだ。オマエが何を考えているかなどお見通しだ」
男の言葉により、スピカの考えはあっという間に変わった。ついていくしかない。拒否は死に繋がる。
弱々しい弟を守れるのも自分しかいない。彼の命を守るには男の言う事に従う方が良い。
スピカは震える心に鞭を打ち、男に言った。
「分かった。あなたについていくわ、わたしもハンスも強くなりたいと思っていたの」
「良い返事で嬉しい、俺はアークだ」
アークと名乗った男はスピカに手を伸ばした。スピカはアークの手を握り返す。大きくて力強かった。
スピカは気付かなかった。既に自分とハンスがアークの毒気にかかったことを……
「わたしはスピカ、宜しくお願いしますアークさん」
「呼び捨てで良い、さん付けは性に合わないからな」
アークは穏やかに微笑んだ。
自己紹介を終え、三人は闇の集団の本拠地へと向った。
そこで双子はアークにも信頼される強力な戦士に成長したのである。
十一年経った今でも、スピカはアークと出会った日のことをはっきり覚えている。ハンスの怯えきった眼差しも……
自分は確かに強くなった。しかし、これで本当に良かったのか? アークに従うことによって生き長らえたが、この道が自分にとって正しいのか?
スピカは誰にも相談できずに悩んでいだ。
彼女の迷いは任務にも影響が出ていた。ハンスと共に屋敷に侵入し、護衛を五人ほどしか倒せず、十二人も倒したハンスに比べ負けている。
屋敷の奥に身を隠していた家主もハンスが仕留め、スピカは家主の護衛を倒すことしかできなかった。
「こうして倒してみると呆気ないんだな、こいつも」
ハンスは死体となった家主の体を軽く蹴り、剣をしまった。
「アーク様の邪魔をするからこうなるんだよ、来世で神様に謝ってこい」
スピカはハンスから視線を反らす。
家主の凄惨な結末を思い出し、スピカの表情は曇る。
家主はハンスに体のあちこちを深く刺された上に、命乞いをしたにも関わらず、最後にはハンスに何度も体を切り付けられ、絶命したのである。
家主はアークを裏切った。始末される運命だったのだ。闇の集団は裏切者を許さないのだ。
「そろそろ帰ろうか、もうじき討伐隊の奴等も来るだろうし」
ハンスは深い紫色の双眸で、スピカの顔を覗き込んできた。
驚きのあまりスピカは全身が震えた。
様子の可笑しい姉に、ハンスは首を傾げる。
「どうしたんだい? どこか具合でも悪いのかな」
「ち……違うわ、ちょっと疲れただけよ」
スピカは慌てて言った。
だが、ハンスの前では嘘は通用しなかった。
「嘘は相変わらず下手だねぇ、敵をちっとも倒せなかったじゃないか、さっきだって背後を取られた時も動きが遅かった」
痛い所を突かれ、スピカは言い返せなかった。戦っている時にもスピカは考え事をしていた。出口の見えない答えを探して。
「……貴方に隠し事は出来ないわね」
スピカは自分の非を認めた。戦いにまで影響が出るほどまでに、悩みは彼女の心を蝕んでいる。
ずっと隠していたが、ハンスに指摘されたら、もう黙ってはいられない。
「帰ってからにしようよ、ここは危険だし」
「待って!」
スピカは歩き出そうとしたハンスの腕を掴む。ハンスは困惑した表情を浮かべた。
「一つだけ約束して、誰にも言わないって」
悲しげな眼差しで、スピカはハンスに訴えた。彼が相談に乗ってくれるのはとても嬉しかったが、人には知られたくない。
特にアークには聞いてもらいたくない、もし知られたらどんな罰が下るか心配だからだ。
「分かってるよ、だからここを早く出よう」
スピカの気持ちを察し、ハンスは柔らかな笑みを見せる。
「ありがとう、あなたがいてくれて心強いわ」
手をそっと離し、スピカはハンスの後についていった。
これで悩みが軽くなると信じたかった。
だが、スピカは気付かなかった。この出来事が自身の運命を狂わすきっかけになることを……
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