スピカは襲い掛かってきた仲間を一人ずつ仕留め、彼女に倒された人間は全て地面に伏していた。
いずれも気絶か、怪我をしているかで全員生きている。
槍を持って疾駆してきた相手を前に、スピカは槍を身を屈めて回避し、トンファーの先を利き腕にぶつけ、止めは腹部に打撃を与えた。
相手は呻き声を上げて、地面に転がった。
「これで終わりね……」
スピカは苦しそうに呟く。
彼女の周りにはアメリアが率いる部下達が倒れている。全部で二十人いるが、全てスピカが倒した事になる。
「流石ね、三ヶ月眠っていたから不安だったけど、貴方には空白期間は無縁のようね」
アメリアは半笑い浮かべ、手を叩く。
癇に障る友の態度に、スピカの怒りは頂点に達した。
「卑怯だわ! 人にやらせる位なら正々堂々と自分でやりなさいよ!」
スピカは叫ぶ、今戦っていたのは討伐隊の仲間なのだ。心苦しい訳がない。
怒鳴り声によって、アメリアは手を止める。
「私一人でも良かったんだけど、貴方の力が衰えていないか確認したかったのよ」
「それだけの理由で、仲間を犠牲にしたの!?」
スピカは怒りを抑えられなかった。
仲間を倒すだけでも心が潰れそうな思いだったからだ。
中にはアメリアを慕う後輩もいて、アメリアの命令で渋々スピカと戦う人間もいたのだ。逆にスピカを嫌う反抗的な後輩も混ざっていたし、あまり組む事の無い同僚もいたりと全員がスピカと面識のある顔ぶれだった。
アメリアの狙いは力を試すのと同時に、スピカの精神力を削ぐ事に違いない。
元にスピカの気持ちは、不安で胸が張り裂けそうだった。
「見損なった。あなたは最低だわ、わたしが知っているあなたはそんな事をする人じゃ無かったわ!」
スピカは怒りを込めてアメリアを睨む。
「人はね時間の経過で変わるのよ、たった三ヶ月でもね!」
高い声を上げ、アメリアは閃光の弾丸をスピカに放ってきた。スピカは真横を走った。戦闘の影響で疲労が溜まったためか、動きが鈍り、アメリアの攻撃が足や背中をかすった。
剣で切られるような痛みが走り、スピカは体を回転させて、地面に倒れた。
服と髪が泥だらけになり、惨めな姿になった。
「あははっ、だっさいわね、さっきまではあんなに格好良かったのに」
アメリアはスピカに近づくなり、馬鹿にするように笑う。
彼女の持つ杖は未だに輝いている。スピカを攻撃するぞと言わんばかりに。
「強くなったわね、時間はあなたをたくましい方向に変えたのね」
痛みを堪え、スピカは言った。
アメリアは回復しか使えなかったのだが、見る限り攻撃魔法も使えるようになったようだ。
スピカはふと疑問が沸いて、口を開く。
「……さっきからあなたを見る限り、わたしが闇の集団の紋章を持っているのが原因だけで攻撃を仕掛けているとは思えない」
「何を言い出すかと思えば……」
アメリアは呆れたように話した。
「あなたの殺気だった瞳からは、別の感情が出ているわ、闇の集団に対する憎悪だけでなく、わたしに対する個人的な恨みのようなのも感じる」
スピカは鋭い指摘をする。
彼女の変貌と言動を全て含めた結果の判断だ。
アメリアは視線を反らして黙り込んだ。どうやら図星のようだ。
「わたしがあなたに何をしたと言うの? これだけの大人数を引き連れての同士討ちなんて上官にばれたら、罰だけじゃ済まないのよ」
スピカはアメリアに訴えかける。
討伐隊では規律を守るために、正当性のない間同士の争いを禁じている。アメリアの行いが当てはまる。
万が一この規律を破れば、討伐隊から除籍されるのだ。
元に規律を守れず辞めた人間をスピカは見ている。
この人数ならば、既に誰かが気付いて通報している可能性もある。もはやアメリアの行いは、引き返す事の出来ないレベルに到達している。
被害を最小限にしたいと、スピカは考えていた。
「さっすがは私の友達ね、嘘はつけないわ……そうよ、私は貴方を恨んでるわ」
「どうして?」
アメリアにはっきりと言われ、スピカの胸は抉られるように痛んだ。
記憶を探っても、彼女に恨まれる事をした覚えは無い。
血相を変え、アメリアは杖の先でスピカに刺そうとした。感づいてスピカは体を回転させて彼女の攻撃を避けた。
「貴方が私の恋人を殺したからよ! 十年前にね!」
アメリアは怒鳴った。
「十……年前……?」
すぐには思い出せなかったが、アメリアにとって大切な存在を自分が殺めた。知らなかったとはいえ、それだけは確かだ。
スピカは必死に思考を巡らせた。アメリアに憎しみの種を植え付けたきっかけを作った原因を探すために。
しかし、三ヶ月もの間眠っていたため、昔の記憶までも完全に戻りきったわけではなかった。ましてや十年前のことを思い出せなど、今のスピカには過酷なことだ。
思い出さないスピカに苛立ちを覚え、アメリアはスピカの頭を踏みつけた。
「んんっ! んんんっ!」
泥が鼻に入り、呼吸ができない。
アメリアは足をどかさずに話を続ける。
「十年前に貴方が起こしたギルドの事件に私の恋人が働いていたのよ、遺体となって私の元に戻ってきた時は、死にたくてしょうがなかった。犯人も分からない、どこに怒りをぶつけていいのか矛先すら見つからなかったわ」
アメリアの声は悲しみで満ちていた。
聞いたことがある。前の恋人は事件で死んだと、まさかギルド事件で自分が殺したとは思わなかった。
「私は事件のことを忘れ、新しい恋人ができて討伐隊に入隊して全ては順調だった。アークから事件の真相を聞くまではね
三ヶ月前にアークは貴方が気絶した後、親切に教えてくれたわ、まさかこんな近くにいたなんてね、私の人生を狂わせた張本人がね!」
言いたいことを全て言うと、アメリアはようやくスピカを解放する。
スピカは喉を押さえて激しく咳き込む。彼女の顔は泥だらけになっていた。
アークの狙いはアメリアとの間に、大きな溝を作り仲を引き裂くこと、卑怯な彼のことだからやりかねない単純明快な作戦である。
何がともあれ、アメリアがスピカを恨む理由が分かった。
こればかりはスピカに落ち度がある。弁解する気は無い。
「……あなたにした事はどれだけ謝罪しても、許されないわよね」
スピカはアメリアと顔を合わせずに言った。今の自分には彼女と顔を合わせる資格が無いと思ったからだ。
すると、スピカの目の前に一本の短剣が転がってきた。
「そうよ、だから償う意味でこの場で死んでみせてよ、貴方は闇の集団の一味になったんだし生きていても、討伐隊に追われるのがオチね」
「……」
冷酷な言葉に、スピカの全身は打ち付けられるような衝動が襲う。
いつものアメリアの口からは出ない、人を傷つける言葉だからだ。
スピカは悲しかった。闇の集団を倒すべく入隊したのが些細なことで仲間割れを起こし、追放される。
現実はこんなものなのか?
服と体が雨で濡れている。雨と共に自分も溶かして欲しかった。
努力してきたことが、アメリアの一言で全て否定された気がするからだ。
……わたしは……いなくなった方が……いいの……?
スピカは短剣の束に恐る恐る手を伸ばす。
友達に”命を絶て”と言われるのは、想像以上に辛い。
十の暖かい言葉があっても、一つ冷たい言葉を突きつけられるだけで、今までの幸せは砕け散ってしまう。
ふと、スピカの脳裏に夢で交わしたハンスとの会話が蘇る。
彼女の生命を守るかのように。
『自殺しても、僕や父さんや母さんに会えないよ、自分で命を絶った人間は地獄に落ちるんだ。今は辛くてもしっかり生きて』
……ハンス……
ハンス以外にも、様々な人間が現れた。
『世の中には嫌なこと辛いことがあるけど、挫けては駄目よ』
『スピカ、幸せにな』
……母さん、父さん……
『頑張んなさいよ! アンタが決めた道なんだからね! 簡単に逃げ出したら承知しないんだから!』
『オレさ、スッピーに励まされて逃げないって決めたんだ。オレも人生諦めないでやってみるよ』
……エレン、アディス……
愛しい者の顔が次々と蘇り、自殺の衝動が和らいだ。
スピカにとって一番やりたいのは、闇の集団を潰すこと、もしもアメリアに命令に従い命を絶てば必ず後悔する。
それに、あの世にいる家族に顔向けできない。
『姉さんに幸せになって欲しいんだ』
ハンスにも言われた。自ら死を選ばず幸福な未来を歩んでもらいたいと、彼だって生きて
やりたかったことがあっただろう、不本意な形で死なせてしまった。
……生きなきゃ、人に恨まれても、憎まれても、目的を果たすまで死ぬわけにはいかない。
スピカは短剣の刃先を首にそっと当てる。
「やっと死ぬ決意ができたようね」
アメリアは嫌らしい笑みを浮かべた。
次の瞬間、スピカは短剣を右方向に投げ捨てた。短剣は森の中へ消え去った。
想定外の展開に、アメリアは唖然とする。
スピカは腕で顔を拭い、アメリアの顔を見る。
「わたしは死ねないわ、やらなきゃいけないことがあるから、あなたに憎まれようとね!」
スピカの瞳は真剣だった。
「スピカさん! アメリアさん!」
一つの声が森に響く、二人の少女は声がした方角に視線を向けた。
草むらの中から、チェリクが現れた。
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