茜色の空には、薄っすらと青い色と星が混ざる。
 窓の外から、夕方が夜に変化する様子を、スピカは見守っていた。
 「もうすぐ夜ね、とても楽しみだわ」
 スピカは万遍の笑みを浮かべ、ハンスの方を向く。
 ハンスは剣の練習をしており、スピカが声をかけると、剣を振るのを止めた。椅子にかけてあるタオルに手を伸ばし、汗を拭った。
 「ああ、そうだね、今夜はどれくらい殺れるか楽しみだよ」
 ハンスはスピカに釣られて微笑む。
 二人は切り揃えた黒い髪に、紫色の双眸、顔は瓜二つで、声を発するまでどっちか見分けがつかないほどにそっくりである。
 双子は今夜、大金持ちの屋敷の主を暗殺する任務に行く予定だ。屋敷にいる人間をどれくらい倒せるか楽しみなのだ。
 「この前は十五人やったわ、今度はもっと沢山仕留めたいわね」
 短剣を取り出し、スピカは刃先をずっと眺める。
 「お姉さまは甘いよ、私なら四十人は殺れるね」
 「仕方無いじゃない、あの時は風邪気味だったのよ、本当なら三十人いけたわよ」
 「おやおや、言い訳かい? だから甘いんだよ」
 ハンスの憎たらしい言い分に、スピカは内心腹が立った。
 いくら兄弟とはいえ、ハンスの言動に怒りを感じる事があり、時にはお互いが怪我をするほどの大喧嘩にもなる。
 体にはお互いが切りつけた傷跡が、はっきりと残っている。
 ここで一度剣を交えるのも有りだが、この後の任務を考え、ぐっと堪える。
 「あなたの言う通りだわ、どんな状態であってもやるべき事はやらなきゃね」
 スピカは怒りを抑えるため、手を握り締めた。
 ハンスの言うことは正しい、体調がどうあれ、任務の遂行はしっかりしなければならない。
 「今日は大丈夫、軽く四十五人はやれるわ」
 「なら安心した。私も負けないよ、家主は必ず仕留めるよ」
 二人は見詰め合った。鋭い眼光で。
 スピカはハンスに負けまいと、ハンスはスピカに必ず勝つ。
 双子は顔は同じだが、思考は全く違う。
 「面白いね、双子なのに違っているなんてさ」
 「良いじゃない、兄弟でも別々の人間だって証だわ、全く同じじゃつまらないわ」
 スピカは怒るのを止め、気分が良くなった。何だかんだ言ってハンスといるのは楽しいのである。
 ハンスもスピカと同じ気持ちのようで、両手を軽く上げ、そうだねぇと上機嫌に言った。
 扉を叩く音がして、二人は共に振り向いた。
 「俺だ、入るぞ」
 二人は一列に並び、扉を開いた人物を迎えた。銀髪に赤い瞳、整った顔立ちの男、彼は双子にとって尊敬する人間である。
 「準備はできたか?」
 男は二人の顔をじっくりと眺め、やがて苦笑した。
 「……二人で並んでいると、どっちだが分からないな」
 男が指摘するように、二人の顔は同じで、長い間二人を見てきた男でさえも判別がつかなくなる。それほどスピカとハンスはそっくりなのだ。
 右側にいたスピカが前に出て口を開いた。こうして戸惑う顔を見るのも慣れっこである。
 「ええ、出来てます。貴方のご命令であればいつでも出撃できますわ」
 スピカは柔らかな声を発した。
 「今日という日を奴等にとって忘れられない舞台にしてあげますよ」
 ハンスは白い歯を見せて笑った。彼の内面には、残酷な光景が渦巻いている。
 「二人にやる気があって俺としても嬉しい、今夜も頼むぞ」
 『はい、お任せ下さい、アーク様』
 銀髪をなびかせ男が去っていく中、双子は声を揃えて男に敬礼をした。
 男……もといアークは双子が慕っている人物である。出会いは幼い頃に遡る、最初は両親を殺した憎い相手だった。しかしアークの「強くならないか?」という誘いに負け、双子はついて行く事にした。
 暮らし始めた頃は憎しみを抱いていたが、アークと共に行動する内に彼の思想や内面が段々と分かり、やがてアークに対する負の感情が消え失せていったのだ。
 今では、双子を強い戦士に育ててくれたアークの願いを成就させることが双子にとっての喜びとなっている。
 「行きましょうハンス、わたし達の力を世の中に知らしめるためにね」
 「そうだね、紅い世界を彩るのが楽しみだよ」
 双子は共に歩き、扉を潜る。
 敵をどれだけ倒せるか、どっちが早く家主を仕留めるのか、その一心だった。 

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