「ん?」
昼食を済ませ、椅子に座ってスマホを見ていた悠希(ゆうき)は、ラインにメッセージが届いたことにすぐに気づいた。
悠希はラインを開き、メッセージを送ってきた主が大学時代からの付き合いのある司(つかさ)であることを知る。
「司からね、一体何かしら」
悠希は呟き、司のメッセージを見る。
『久しぶりね、今度の週末空いてない?
会って話したいことがあるんだけど』
司が電話ではなく、悠希に会って話したいのは、恐らく相談事か何かだろう。
司は他愛もないことなら電話で済ますからだ。
「週末ね……」
悠希はカレンダーを見て、スケジュールの確認をした。土曜日は用事があって難しいが、日曜日なら夫の章人(あきひと)に幼稚園に通う5歳の工(たくみ)を預ければ司に会うことができる。
章人は工の面倒を見てくれるので、きっと大丈夫だ。
『久しぶり! 週末は日曜なら空けられそうだけど、章人にも聞いてからにするね』
悠希はそう返信した。
司には悠希に子供がいることを伝えてはいるので、理解はしているはずだが、念のためだ。
数分後に司から返答がくる。
『分かった。返答を待ってるから』
司は短く返してきた。
「話って何かしら」
悠希は呟く。

その後悠希は、司のことが気になりつつも、章人に日曜日に用事があり工を面倒を見てもらえないか頼んだ所、快く引き受けてくれた。
章人いわく悠希は頑張って家事や育児をこなしてるから息抜きして欲しいらしい、章人の言葉に悠希は嬉しくなった。ちなみに工にも聞かれたことにより、ママだけずるいとぐずられたが、章人になだめていた。

約束の日曜日、悠希は司に指定された喫茶店の前に行き、司と再会した。
「久しぶりね、悠希」
司は言った。直接司と会ったのは一年ぶりである。
以前と変わらず、司は綺麗に着飾っている。
「司も元気そうで良かったよ」
「悠希、その服買ったの?」
司は訊ねてきた。司に久々に会うため服にも気を遣おうと、安めの新品を買ったのである。
「あっ、分かった?」
「分かるよ、似合ってるね」
「ふふっ、有難う」
悠希は少し嬉しくなった。
「じゃあ中に入ろうか」
司は言った。

喫茶店に入り、悠希は注文したホットコーヒーをすすり、司はパフェを頬張る。
「悠希、お腹空いてないの?」
「私はこれで十分よ」
司の問いかけに、悠希は言った。
今の時刻は午後三時で、おやつの時間である。
前の悠希はガトーショコラを頼んではいたが、今は何かと生活費がかかるため節約をかねて我慢している。
「……ところでさ」
悠希はカップを置いてから話を切り出した。
「話したいことって何かな」
悠希が聞くと、司はスプーンを動かしていた手を止める。
「その事なんだけど、実はさ……私……」
司が視線を泳がせて言いにくそうに言う。
「どうしたのよ」
「朔(さく)とは別れたんだよ」
「ええっ」
悠希は思わず声を出してしまう。
司は三年前に司の職場で知り合った朔と結婚していて、一度司の主人とは会ったことがあるが、誠実そうな人で、彼となら司が結婚しても大丈夫だと確信していた。
結婚してから数ヵ月は朔と生活できて幸せだ。とか楽しいなど、司から頻繁にメッセージが来ていた。
しかしここ最近ではそういったメッセージもなく、結婚生活が落ち着いてきたのかなと悠希は思っていた。
「どうして別れたの?」
悠希は気になって聞き返す。
「……だって、色々と合わなかったのよ」
司は重々しく語り始めた。朔は高収入のはずだが、スーパーでの買い物も特売品ばかり買ってきたりしたという。
これだけでなく司の家事のやり方にも口を出してきたりと、三年は我慢してきたが、いい加減耐えられなくなり、二ヶ月前に司の方から離婚を切り出したのだ。
朔もあっさりと離婚を承諾し、手続きや実家に引っ越しやらで今に至るという。
結婚は何かと思う通りにならないということは結婚歴八年の悠希でも感じてはいる。小さな不満も積もれば山になり取り返しのつかない事態に陥ることもあるからだ。
司も不満が爆発して離婚を決めたのだ。
司の言い分を聞き終え、悠希は口を開く。
「なるほどね……朔さんとお金の使い方が合わなかったのね?」
司の不満を取り除くように、悠希は訊ねる。
「そうなのよ! 収入がいいはずなのに安い物ばかり買ってきたりして! 私は高級食材で料理が作りたいのに、朔ったら『高いものでなくても美味しい料理を作れる』だなんて言うのよ!」
司は眉をひそめる。
司は実家が裕福だったため、野菜や肉などは取り寄せや高級スーパーで買った高級食材をふんだんに使った食事を振る舞っており、悠希は何度か司の実家に行き高級食材を使われた料理を食べたことがあるかとても美味しかった。
しかし皆が皆が司のように高級食材を頻繁に使える程余裕がある訳ではない、悠希もそうだ。高級食材を毎回買っていたら生活費が足りなくなる。
よって朔が安い物を購入したいという言い分は理解できる。
「司が言う高級食材は、実家で食べてたのと同じもの?」
「そうだよ」
「なら朔さんの言ってることは分かるよ、高級食材は頻繁には買えないよ」
悠希はきっぱりと言い切った。
「……私の金銭感覚がズレてたってことかな?」
司は少し自信無さげに聞いてきた。
「そうね……金銭感覚は時間をかけて改めていくしかないと思う」
悠希はやんわりと言った。司は実家暮らしが長かったため、金銭感覚が一般人とズレてるのは仕方がない。
司は難しい顔をして黙り込んだ。
「次は家事のことね、朔さんが指摘してたことってどんな部分?」
「……何でそんな事聞くの?」
「気になったからよ」
司の問いかけに、悠希は答える。
司は実家にいた時は家事を母に任せきりだったからだ。結婚前は「家事はやったことは無いけどスマホから情報得られるし楽勝でしょう」と自信有り気に語っていたのを覚えている。
「そうね……覚えている限りだと……」
司は自分の家事のことを語り始める。
司が出す食事は主にスーパーで買ったお惣菜を頻繁に出し、手料理をあまり作らなかったこと、掃除は自分が仕事で忙しかったあまりに掃除は週に一回しかできなかったため休日にやっていた。加えて朔が部屋にホコリや汚れが溜まっていると口を出し、朔は司ができなかった部分をやり直していた。
洗濯は朔が司の服を含めてやっていたという。これは司が朔の大切な洋服をダメにされたことが原因だった。
「……つまり、家事はあまりやってなかったってこと?」
「しょうがないでしょ、仕事が忙しかったのもあるけど、家事は不慣れだったの」
司は反論した。
司の話を聞く限りは、料理は手抜きで、部屋は掃除が行き届いておらずあまり綺麗ではなく、主人の朔が司をカバーする形で掃除をやる。
以前、司から聞いた話だと、朔は平日が仕事で忙しく、休日は家ではゆっくりしたいタイプだという。
休日にも関わらず朔が休めないのは気の毒である。
もう終わったことなので、あれこれ言っても仕方ないが……
「今からでも遅くないから、司のお母さんに家事を教えてもらった方が良いよ」
悠希は言った。司の母親は六十歳過ぎてるが今でも元気である。
実家に戻ったのなら尚更だ。
「そうかな……」
「家事を身につけておいて損はないよ」
「また結婚できるかな」
「今回の反省点を直していけばきっとできるよ」
悠希は明るく言った。
悠希と司は三十三歳なので、司が今回の反省点を活かしつつ、高望みさえしなければ、早い段階で再婚できるはずだ。

二人は喫茶店を出ると、司が切り出してきた。
「悠希、忙しい中今日は話を聞いてくれて有難うね」
「どういたしまして、私も久々に司に会えて良かったよ」
「私、家事ができるように頑張ってみるよ」
司は朗らかに言った。
「頑張ってね、また何かあったら連絡してね」
悠希は言った。
悠希と司は手を振り、司は悠希に背を向けて歩き出した。
小さくなってゆく司を見て悠希は願った。司が幸せを掴めますようにと。


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