スピカは目が覚め、何度も瞬きをした。
「また……夢か……」
目をこすり、スピカは溜息をつく。
ずっと一緒だったハンスと離れ離れになってから、約十一年が経つ。
幼い頃の楽しい思い出が時々夢に出てきて、目が覚めるたびに憂鬱な気分にさせられる。
現実にはハンスはいないからだ。
気分転換をしようと、毛布から抜け出し、スピカは近くの窓を開く。
空には蜂蜜色の満月が輝いている。見ていると心が落ち着いた。
「きれいね……」
生暖かい風が吹き、スピカは髪を押さえた。
「この月をハンスも見てるかな」
窓辺で腕を組み、スピカは呟いた。
ハンスを探すために、色んな街に行き、人にも会ったが
手がかりが掴めない。
時間を作って、彼の行方を捜索しているが思うようにいかなかった。
しばらく月を眺めていると、眠気が襲い、欠伸も出た。
「そろそろ休まなきゃ」
再び目をこすった。明日も仕事があり、しっかり休まないと支障をきたす。
窓を閉めようとした、その時だった。
一枚の手紙が、窓の隙間を通じて入ってきた。左右に大きく揺れて地面に落ちた。 
「なにこれ」
スピカは手紙を拾い上げ、表紙に書いてある字を見るなり、目を丸くした。
紛れも無く、ハンスの字だからだ。
「ハンス!?」
スピカは思わず大声で叫んでしまい、慌てて口元を押える。
隣には一緒に暮らす友が眠っている。
少し時間が経っても友は起きてこない、良かった。熟睡中のようだ。
スピカはもう一度手紙を確認した。
『親愛なる姉さんへ』
表紙にはそう書かれている。
捜し求めていた弟の手がかりが、こうして手元にある。興奮を抑えることができなかった。
生唾を飲み込み、スピカは手紙を静かに開封し、便箋を広げる。

『姉さん、久しぶりだね
僕からの手紙を見て、姉さんが驚いている顔をが容易に浮かぶよ
ずっと心配掛けてごめんね、僕に会いたかったら今日の深夜二時に病院へ来て
ただし、必ず姉さん一人で来るんだよ
僕と姉さんだけの話があるんだ。
再会楽しみにしているよ

                            ハンスより』

「ハンス……」 
嬉しさのあまり、スピカは涙が溢れた。
涙を拭い、ハンスの手紙を丁寧にたたみ、封筒にしまった。
彼がどんな風に成長しているのか、今から楽しみだった。
スピカは時計に目をやった。午前一時十二分、急いで支度を整えて行かなければならない。
この時点で、スピカは疑問を抱かなかった。何故手紙が突然来たのかを。
疑問が及ばないほど、彼女の思いは一刻も早くハンスに会いたくてたまらなかったのだ。
「待ってて、ハンス」
熱い気持ちがさめないまま、スピカは行動を開始した。

スピカの様子をハンスは望遠鏡を使って遠くから見守っていた。
「ふふっ、馬鹿だね、お姉さま」
ハンスは見下すように囁く。
彼は手紙の優しい少年とは違い、冷酷で人を何とも思わない人間に変わり果てていた。
かつて温かさを秘めていた瞳には、その欠片を感じさせなかった。
「面白いことになりそうだねぇ」
ハンスは両手を広げて、微笑んだ。

双子の再会はもうすぐ来る。
それも、スピカが望まない形で……

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