鉛の雲から大地へと雨が降り注ぎ、緑を潤す。
森で遊んでいた双子は、必死に走り雨宿りできる場所に急ぐ。
「あそこよ」
スピカはぽっかりと暗闇が空いた洞くつを指差す。
「僕……もう走れないよ……」
ハンスは消え入りそうな声で言った。
元気な足取りなスピカとは対照的に、ハンスは歩くのもやっとの状態。
「もう少しよ、頑張って」
スピカはハンスを励ました。
その直後だった。ハンスは足を滑らせ、泥水に体が倒れ込んだ。
「ハンス!」
スピカはハンスを起こす。
服や顔が泥だらけで、このままでは帰れない。
スピカはハンスの手を引き洞くつに入った。
雨がまだ降る中、スピカは持っていたハンカチでハンスの顔と服を拭った。
「大丈夫?」
スピカが訊ねるとハンスは「うん……」とか細い声で答える。
様子からして疲れているようだ。無理もない、ここに来るまでずっと走りっぱなしだったからだ。
ハンカチで拭ったお陰で、ハンスの顔は大分綺麗になった。ただ服は泥が染み込んでしまい、洗わなければいけない。
「汚れたのはしょうがないよ、後で服は着替えよう」
スピカは優しく語り掛けた。
「雨が上がるまで休んでよう」
スピカは地面に腰掛けると、ハンスはスピカの隣に座った。
「止むかな?」
ハンスは空を見上げて呟く。
「止むわ」
スピカは口元を吊り上げて答えた。
雨は降っていても、必ずやんで青い空を見せてくれる。
雨が延々と降り続けるなど、ありえない。
この雨も、一時的な通り雨だ。そんなに長くは降らないだろう。
「……剣の稽古遅れちゃうよ」
ハンスは膝に顔を埋める。
今日は父と剣の稽古をする。スピカは理解していた。ハンスが剣の稽古を好かないことを。
彼が元気が無いのは、単に疲れからくるものではなかった。
スピカはハンスの体に手を回す。
「一緒にお父さんに謝ろう、分かってくれるわ」
「……入れ替えっこして」
「駄目よ、大切なことではやらない約束でしょ」
スピカはハンスが楽な道に進みたがっているのを見抜いていた。
入れ替えっことは二人の容姿がうり二つなのを利用して、お互いの立場を変わることだ。
遊ぶ時はいいが、お互いのためにならない場合は、入れ替わりはしない約束である。
例え辛いことでも、逃げるのは良くないからだ。
「わたしが側にいるから怖くないよ」
スピカはハンスに寄り添った。
一人でできなくても、二人でならできる。
双子はそうして生きてきた。これからも力を合わせて生きていく。
お互い信じていた。
やがて雨は止み、鉛の雲は消え失せて、燈色の空が姿を現した。
「ハンス、起きて」
スピカは側で寝ているハンスの体を揺らす。
ハンスは目を擦りながら、スピカを見た。
「雨、止んだよ」
スピカは人差し指を空に向け、ハンスは空を眺めた。
「本当だ。綺麗だね」
「そうね」
二人は燈色の空をしばらく見つめた。
友達と遊ぶために、外に出て正解だった。こんなに輝かしい夕焼けを見られたのだから。
「姉ちゃん、帰ろう」
スピカの服を掴み、ハンスは言った。
「僕、ちゃんと父さんに謝るよ」
ハンスは強い意志を秘めた瞳をしていた。スピカの励ましが効いたに違いない。
彼の勇気を、スピカは尊重してあげたいと考えた。
「分かったわ、帰りましょう」
スピカはハンスと手を繋ぎ、泥が乾ききっていない地面を歩いた。
双子を見守る空は、まだ赤かった……

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