「ったく、何でおれがこんな面倒なことをしないとなんないワケ?」
ベリルとサレオスに混ざって、紫髪の少年・ワゾンが渋々と手渡された腕輪を身につける。
「足にもつけろ」
ワゾンの疑問に答えず、目の前にいるイロウは言った。
「あー面倒だなー」
文句を言いつつ、ワゾンは右足のズボンを上げて、渡された足輪をつける。
「イロウ様、助っ人がワゾンなんて、オレ心配ですよ」
ベリルは不安を口に出す。修行の消耗はすっかり回復したのだ。
サレオスの見張り役として、移動呪文を使用し、急きょ村からワゾンを加えることとなる。
ワゾンの言動通り、かなりの面倒くさがりで、戦艦に連れてこられた理由と作戦を述べられると露骨に嫌そうな顔をした。
三人以外にもあと五人ほどついてくるが、メンバー的に不安なのでベリルにとって先が思いやられる。
「……ワゾンの力はお前にも匹敵する。それとサレオスの友人でもあるからな」
「そうですけど……」
イロウとベリルの話をよそにワゾンはサレオスに食って掛かる。
「今回の作戦でおれが死んだら、おまえの前に毎晩化けて出てやる」
「ああ、好きにしろ」
サレオスは言った。
「お前達、腕輪と足輪がしっかりついているかもう一度確認して貰いたい」
「おれ、さっきつけたばっかなんだけど」
イロウの左側にいた金髪の女性・ガリアが口を開く。
「命に関わることだから、しっかりやって欲しいの」
「はいはい」
ワゾンは腕と足の輪が付いているか改めて確認する。引っ張ってもとれないことから、輪はきちんと装着されているようだ。
「大丈夫です。付いてます」
「俺のも問題ない」
ベリルとサレオスは言った。
「おれも心配いりませんよ、さっさと本題に入りましょうよ」
三人の確認が取れた所で、イロウは話を始める。
「これからお前達には、ラフィア捕獲作戦を行ってもらう、天界の中に侵入して天使との戦闘も避けられない、よって気を引き締めてかかるように」
「はい、質問がありまーす」
ワゾンが手を上げた。
「天界の中にどうやって入るんですか? おれ達あの結界に触れると死んじゃいますよね」
"死"という言葉に、イロウの右側にいたコンソーラの表情が引きつる。
天界の結界に触れれば、どんな黒天使でも消滅してしまう。例えイロウであったとしてもだ。
「ガリアが開発した移動呪文発動装着を使用して、天界内の治安部隊の本拠地に侵入する。その後の説明は……」
イロウはガリアに目を向ける。
「ガリア、腕と足輪の説明を頼む」
「分かったわ」
ガリアは前に出た。ガリアが男達が付けている腕と足輪を作ったのである。
「貴方達が付けている腕と足輪の説明をするわ、両方の輪には天界内で貴方達が動き回るためのものなの」
「天界内もおれ達にとって厄介なんだね、あー面倒だなー」
「ワゾン、黙って聞けよ」
ベリルがワゾンを注意した。
「一つで半日効果が継続するから、二つで一日持つことになっているの、とは言っても目安だから、天界内の力によっては前後するから力切れには気を付けて」
「確か光が消えたら力が無くなったってことですよね」
ベリルは腕を捲って腕輪を見た。腕輪の宝石は赤く光っている。
「そうよ、貴方が力を使っても回復しないから注意してね、力が無くなる時は点滅して警告するから
もし二つ共力が無くなりそうだったら、予備を使ってね」
ガリアは言うと、三人分の小さな袋を手渡した。
ベリルが袋を開けると、宝石が二つ入っていた。
「継続時間は同じだから、予備を使う前に終わることをと信じるわ」
「でもさー何で二つにわけてんの? 一つで良いじゃん」
「万が一のためだろ、一つが壊されてももう一つあれば安心ってやつだ。兄貴が考えそうなことだな」
サレオスは言った。
腕と足輪の説明は終わり、ガリアからイロウに交代した。
天界内での連絡は仲間同士なら天使に分からないグザファン語でテレパシーで行う、無闇に殺生はしてはならない、ラフィアを見つけてたら速やかに報告することなどが伝えられた。
「目的を達成しても、すぐさま帰れないよね、片道は楽なのにねー」
「ラフィアをベリルと戦わせるんだろ、確か」
ワゾンの話に、サレオスが便乗する。
ラフィアが本当にネビロスに会わせるのに相応しいか判断するために、ベリルと戦わせる予定だ。
「でも助かったよーおれ戦いとか面倒だからさ、ベリルがやってくれて嬉しいよ」
「簡単に言うなよ」
「あ……あのぅ……ベリルさん」
コンソーラがおずおずと話しかける。
「ラフィアさんに……ひどい事しないで……毒とか痺れとか……やめて下さいね」
コンソーラはお願いした。
異常呪文は黒天使が食らっても辛いので、ラフィアにはそんな苦しみを味わって欲しくないのだ。
ワゾンは二人の間に入る。
「大丈夫だよコンソーラ、ベリルなら上手くやるよ」
ワゾンは明るく励ましたのだと思った。しかし……
「ラフィアの指を切り落として、おまえに渡してあげるって」
ワゾンは恐ろしい事を口走る。
ワゾンは面倒くさがりだけでなく、残酷なことを平気で言うのだ。
コンソーラの表情は青ざめる。
「ばか! 何てこと言うんだよ!」
ベリルはワゾンに怒鳴り付けた。コンソーラはラフィアを傷つける発言を嫌う。
しかしイロウの前では暴れることはしないのだ。
「ワゾンのことは気にするな、ラフィアに異常呪文を使ったり、残酷なことはしないって約束する」
「……本当ですか?」
「ああ、約束する」
ベリルは真剣に言った。
黒天使達は天界内に侵入し、任務を遂行することとなった。

治安部隊の本拠地が見えてきた時だった。本拠地に一筋の紫色の光が現れた。
「あれは……」
リンが言ったその直後だった。離れていても分かる程に、黒天使の気配が増殖した。
「黒天使の奴等が移動呪文を使用したんだな」
ナルジスは冷静に語る。
リンは安全であるはずの天界内に黒天使が現れたことが恐ろしく感じる。
「どうして? 黒天使は今まで入ってこんな事しなかったよな」
黒天使は天界に度々現れては、天使によって追い返されるか、倒されたりしていた。
しかし天界内に侵入するというのはリンの記憶にある限りは無い。
「危険を犯してまでやり遂げたいことがあるんだろうな、治安部隊の本拠地は戦闘に長けた天使が集まっている。そんな中に出現するのは奴等でも割に合わないはずだ」
「どっちにしろ、あそこにはラフィがいるんだ。急がないと危ない」
「待て」
ナルジスがリンを制止した。
「このまま姿が見えた状態で行くのは自殺行為だ。姿や気配も消すぞ」
「それって高度な呪文だよね、僕は一度しか成功させた事がないよ」
リンは言った。姿と気配を消す呪文は完全に透明人間になる効果があり、主に黒天使のいる場所へ偵察する時に使う。
便利な反面、悪用される恐れもあるため緊急事態を除き、使用は固く禁止されている。
数々の呪文を難なくこなしてきたリンもこの呪文を取得しきれたという自信がない。
「自分を信じろ、きみにも譲れない想いがあるだろ、そこから気持ちを高めるんだ」
「……分かった。やってみる」
ナルジスに励まされ、リンは言った。そして深呼吸をして目を閉じた。
両方の翼を広げて意識を集中した。黄色い光がリンの体から放出する。窮地にいる幼馴染みを助けたい。その想いが力を高めてゆく。
『我の姿と気配を消し去りたまえ!』
二人の少年の声が重なり、黄色い光は二人の体を包み込む。
光が収まり、リンはナルジスの姿があった場所を見た。しかしナルジスはいない。
「ナルジス、いるか?」
「ここにいるぞ」
ナルジスは返事をした。
「きみも成功したみたいだな、声を出さないと何処にいるか分からん」
「成功して良かった」
「喜ぶのは後にしよう、今は治安部隊の本拠地に急ぐぞ」
透明化したリンとナルジスは敵だらけとなった本拠地へと行くのだった。

取調室の外からは爆音と荒々しい声が聞こえてきた。
「この気配、黒天使……?」
ラフィアは怯えた口調になった。
「ですね、外で我々の同僚が戦ってるのでしょう」
ティーアは冷静に語る。
「何で入って来たんですか? 結界が張ってあるのに」
「移動呪文を使ったんですよ、ラフィアさんも学校で習ったはずです」
カーシヴは言った。
移動呪文は一瞬で行きたい所に飛べる呪文で、遠征には便利である。
ただし力の消耗が激しく、頻繁に使えないのが難点だ。
「思い出しました。とても役に立つ呪文ですよね」
「今回は厄介な状況の原因ですけど」
「……そうですね」
「二人とも静かにして下さい、足音がこちらに来ます」
ティーアに注意され、ちょっとしたカーシヴの呪文講座は終わることとなった。
一人分の足音が取調室のある方に近づく。
ラフィアは口に両手を当てて、声が出ないように心がけた。見つかったら何をされるか分からないからだ。
……リン君……お母さん……
ラフィアの頭には家で待っている家族の顔が浮かぶ。話をするだけで帰れるはずが、最悪な事態に巻き込まれたからだ。
この地点で、ラフィアは知らなかった。リンがナルジスと共にこの場所に向かっていることを。
「おい、いるんだろ! 分かってんだから出てこいよ!」
外から聞こえてきたのは乱暴な少年の声だった。

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