「この声、ベリルでしょう」
「面倒な相手を送り込んできたものですね」
カーシヴとティーアは扉を見て言った。ラフィアは二人の話を黙って聞いていた。
すると突如扉が大きく揺れる。
「おら、出てこいよ!」
ベリルが怒気を込めた声を出す。
「こ……恐いですね」
「下がって」
カーシヴは小声でラフィアに耳打ちして肩に手を掴み、ゆっくりと下がらせた。
「そんな風に言わなくても、ちゃんと出ますよ、だから扉を壊そうとするのはやめて下さい」
「ラフィアもいるんだろ、一緒に来てもらうぜ」
ティーアは深呼吸をして、空気を吐き出すように話した。
「貴方が探すラフィアさんは、この取調室にいません、いるのはハミエルさんという方ですよ」
ティーアは指を動かして、カーシヴに何かを伝えていた。ベリルと話すことで時間稼ぎをするのだ。
カーシヴはティーアが言いたいことを把握した。カーシヴはラフィアと目を合わせた。
「聞いて下さい、取調室には緊急事態に備えて非常口があります。そこから脱出しましょう」
「でも、ティーア士官は?」
「きっと大丈夫です。ぼくとあなただけで出ましょう」
「分かりました」
ラフィアはカーシヴに連れられて、右側に来た。カーシヴが壁を軽く叩くと壁が動いた。
「こちらです。早く」
カーシヴは壁の中に続く道に入る。
ラフィアはすぐには動かずティーアに向かって言った。
「ティーア士官、わたしは行きますけど、無理しないで下さい」
後ろ髪を引かれる思いで、ラフィアは
カーシヴと共に、取調室を後にした。

脱出口は暗く細長かった。カーシヴは掌から明かりの呪文で道を照らす。
「足元気を付けて」
カーシヴはラフィアを気遣った。ラフィアはつまずかないように、ゆっくりと歩く。
「あの質問して良いですか」
「何でしょう」
「ベリルって人、強いんですか?」
ラフィアは湧いた疑問をカーシヴに訊ねた。
「ぼくは直接戦ったことはありませんが、ティーア士官は二回戦ったことがあるそうで、手強い相手だと言ってました。
場に残ってベリルと会話するのも因縁でしょうね」
もしかしたらティーアも無事ですまないのでは、とラフィアは思った。
怪我をしたり、最悪命を落とす可能性もある。学校で映像を見て戦いの怖さを知ってはいるが、身近で起きるとなると不安の度合いが違う。
ラフィアの心には暗雲のように不安が広がる。
「わたしのせいで、ここが襲われたんですか? ベリルはわたしを出せって言ってましたし……」
ラフィアは落ち着かない気分で言った。自分が原因でこの場所が戦場になったと考えると悲しくなる。
カーシヴは足を止めて、後ろを振り返った。
「それは絶対に違いますよ、ラフィアさんに何の責任もありません、悪いのは黒天使に指示を出している奴です」
カーシヴは力強く語る。
「ラフィアさん、自分が犠牲になれば良いと考えないで下さいね、これはぼく個人のお願いです。
ラフィアさんが犠牲になって助かったとしても、ぼくは全然嬉しくないです」
「カーシヴさん……」
「あっ、すみません、ラフィアさんとは今日会ったばかりなのに図々しいですね」
「そんな事ないです」
ラフィアの心に広がる暗雲に、ほんの少し光が差し込んだ気がした。
「でも、犠牲にならないで欲しいのは本心ですから、行きましょう」
「はい」
カーシヴはラフィアに背を向けて歩き始めた。
確かにカーシヴとは初対面ではあるが、言葉には説得力があり、ラフィアはカーシヴが言ったことを守りたいと思った。

暗闇の細道を延々と歩き続け、行き止まりに到着する。
「ここから出られます。少しだけ扉を開けて様子を見ますね」
カーシヴは音をたてないように慎重に扉を押して周りを見回した。
「今の所、黒天使はこっちにはいませんね」
カーシヴは言った。
外からは銃声や鉄がふつかり合う音が耳に飛び込んでくる。
「真っ直ぐ突っ走れば窓まで一直線ですので、ここを出られます」
「出た後どうするんですか? どこに逃げても同じだと思います」
本拠地を脱出しても、黒天使が追跡を緩めるとは考えにくい。ラフィアはそう思った。
自分を捕まえることが目的なら、どこまでも追ってくるに違いない。
「その辺は大丈夫です。ぼくを信じて下さい」
カーシヴは自信に満ちた態度だった。ラフィアの心配を和らげるのに十分なくらいに。
外に問題解消の策があるのだろう。
「今から疾駆の呪文をラフィアさんにかけます。ぼくが合図したら飛び出して下さいね」
「カーシヴさんは?」
「ぼくもすぐに後を追います」
カーシヴは両手から黄色い光を発現させた。
「この者の翼を早めよ!」
呪文を唱えると、ラフィアの翼に光が注がれる。疾駆の呪文はかかった相手の移動速度を早める効果がある。
もし黒天使が近くにいたとしても呪文の力で素早く動けるため、捕まりにくくするのが狙いだろう。
呪文の効果のためか、ラフィアは早く飛びたくて体がうずうずしてきた。
「何か……変な感じ」
「呪文が成功した証です。それではいきますよ」
カーシヴは扉に手を当てた。ラフィアはいつでも飛べるように両足を広げる。
「三……二……一」
カーシヴが数字を紡ぎ始め、ラフィアは小刻みに足を動かした。
「零っ!」
扉が開き、ラフィアは銃弾のごとく一直線に飛んだ。あまりに早かったため窓が身近に迫る。
手で開ける余裕がないと判断し、ラフィアは解除の呪文を発動させるために詠唱する。
「閉じている窓よ、解放されたり!」
ラフィアの言葉に、窓は両方とも明後日の方向に飛んでいく形で答える。
思いもよらない効果に、外に出たラフィアは唖然とする。本当なら片方の窓が開くだけで済むはずだからだ。
「おかしいな、力加減したつもりだったんだけどな……」
ラフィアは戸惑いを感じた。
「力を授かったからですよ、最初は慣れなくて当然です」
ラフィアの隣にカーシヴが並ぶ。
「ごめんなさい、窓を飛ばしちゃったりして」
「良いんですよ、事態が終わったら修理しますので」
カーシヴはラフィアの前に進み出る。
「ぼくの後にしっかりついて来て下さい」
「どこに行くんですか?」
「ここより安全な所です。心配はいりませんよ」
ラフィアはカーシヴを信用し、ついて行くことにした。

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