ラフィアがカーシヴに連れていかれてから約五分後、透明人間と化したリンとナルジスは本拠地に到着した。
「うわっ……」
「酷いな」
本拠地の一階受付は血生臭さと、壊れた壁、倒れている複数の天使と黒天使が視界に飛び込む。
戦いがあったことが伝わってくる。
「黒天使も派手にやるものだな」
ナルジスは押し殺すような低い声を発した。
リンは横たわる天使一人一人の様子を見て回る。
気絶してるか、怪我で動けず苦しげな声を出している。
「何してるんだ」
ナルジスは足音からリンがやっていることを察した。
「気になったから、見てるんだ」
「きついこと言うようだが、治すなんて考えるなよ、俺達がここに来た理由を忘れるな」
「分かってる」
リンは言った。
姿と気配消しの呪文は少しでも呪文を使用すると効果が切れてしまう。
「俺はここにいるぞ」
ナルジスは足音を立ててリンに居場所を知らせる。リンは音の側に来る。
「どうだった?」
「怪我はしてるけど、皆かろうじで生きてるよ、ただ早く治療しないとまずい」
「黒天使は見たのか」
「見たけど、数人は生きてるけど、一人はもう……」
リンは言葉にできなかった。
敵の様子も知りたかったので確認はしたが、一人の黒天使は息絶えていた。
いくら敵でも死ぬのは後味が悪い。
「戦いには死はつきものだ。そう割り切らないとやっていけないぞ」
ナルジスの言っていることは一理ある。これから嫌でも戦闘での死というものを見ることも否定できない。
「行くぞ、ラフィは四階の取調室にいるはずだ」
「あ……ああ」
憂鬱な気分のまま、リンはナルジスと共に受付を後にした。

二階に差し掛かった時、透明人間になって正解だったと感じた。
何故なら黒天使と天使の戦闘がこの階で行われていたからだ。廊下では二人が武器を交え、廊下を曲がった部屋では黒天使がリン達のいる目の前に扉ごと吹き飛んできて、殺気だった天使が黒天使に止めを刺していた。リンとナルジスは無言のままひたすら進む。物音を出せば気づかれてしまうからだ。
三階も二階と似た状況で、非常に殺伐としており、どちらの天使にも見つからずに済んで良かったとリンは思った。
四階に続く階段付近は人がおらず、リンは小さな声を出した。
「……ナルジス、ついてきているか?」
「ああ、何とかな」
友人がついてきていることに、リンはほっとする。
「天使も残酷だよな、容赦なく黒天使を切るなんてさ」
リンは先程目で見たことを思い返す。
「好きでやってる訳じゃないだろ、身を守らないとこちらがやられるからな」
「ラフィがいなくて良かったかも、この戦場を見たら騒ぎだすよ」
「全くだ」
ラフィアは治安部隊が傷だらけで帰ってくる様子を見ただけで泣き出すことがあったので、ここで繰り広げられている戦いはあまりに酷だ。
リンはラフィアが無事であることを祈りつつ、目的地である四階へ進む。
悲惨な戦場になってると思ったが、意外な展開が待ち受けていた。リンにとって見覚えのある黒天使がティーアと戦っていたからだ。
「ベリル……」
リンは思わず声を漏らす。
「きみが助けた黒天使だったな、恩を仇で返しに来たのか」
「まだそうと決まった訳じゃないよ」
「どうする。俺達もティーアに加勢するか?」
ナルジスは忌々しそうに口走る。治安部隊を良く思ってないことが伝わってくる。
本拠地に入ったのもラフィアを助けたいという目的のためで、本当なら嫌なのだろう。
「いや、ベリルと話をしてみるよ」
「正気か」
「ベリルは君が考えるほど悪い奴じゃないと思う」
「気を付けて行けよ、きみに何かあればラフィだけじゃなくて、俺も悲しいからな」
「大袈裟だな、でも心配してくれて有難う」
リンはナルジスに感謝しつつ呪文を解いて、足早に前に出る。
「ベリル!」
リンの声に、ベリルとティーアの視線がこちらに注がれた。
ベリルは短剣を下ろし、リンの方に体を向ける。
「おっ、昨日は世話になったな、オマエのお陰で助かった」
ベリルは明るく言った。
「こんな形で再会するなんて残念だよ」
リンは心の底からそう思った。
「悪く思うなよ、これも命令だからな」
「誰の命令だよ」
「イロウ様だ。まあ心配すんなオマエの命は取ったりしねぇからよ」
「……お二人は面識があるようですね」
ティーアが口を挟む。
「リンさん、どういう事か説明して貰えますか」
「実はですね……」
リンは昨日、窮地に陥っていた瀕死のベリルを助けたことを正直に話した。
ティーアは呆れ顔を浮かべた。
「リンさん、貴方は成績優秀で素行も良いのに、何て愚かなことをしたのですか
黒天使を助けるなど、法に触れるのは分かっているでしょう」
「すみません、放っておくなんてできなかったんです」
リンは素直に非を詫びる。
「助ける相手を考えなさい。貴方にはできるはずです」
リンの態度を見て、ティーアは怒りを和らげる。
「はい、これからは気を付けます」
リンは言った。
二人の説教を見ていたベリルは「ぷっ」と吹き出した。
「あっはは! オマエの名前リンって言うのか? 女みてーな名前だな!」
ベリルはリンを指差す。
「ベリルやめなさい、失礼ですよ」
ティーアの怒りの矛先はベリルに変わった。敵であろうと容赦せず注意するのだ。
しかしベリルは一向に笑うのを止めず、リンは恥ずかしさのあまり頬を紅くする。リンは自分の名前が原因で時々女子に間違われることがある。
ベリルの笑いは、突然の強烈な背中の衝撃により終わることとなった。
「誰だ! 今蹴ったのは!」
ベリルは左右を見渡して叫ぶ。リンは口元を押さえて笑うのを我慢する。
……ナルジスだな。
リンは思った。ナルジスは体術を習っており、彼がベリルを蹴っとばしたなら説明がつく。
ベリルには悪いが、少し胸がすっとした。
「きっと、神様が罰を下したんですよ」
ティーアは冷静に言った。ベリルは「ちっ」と不満げに舌を打つ。
ベリルの表情は怒りから、意地の悪い笑顔に変化した。
「ま、楽しませてもらったことだし、礼として、面白い話をしてやるよ
オレら黒天使はラフィアを捕まえるために天界内に現れた」
ベリルの話に、リンは驚愕の表情を浮かべる。
「ラフィを?」
「ほう、ラフィって呼んでるのか、オマエの名前と同じくらい可愛いな」
ベリルはからかったが、すぐに話を戻した。
「……ここで問題、何故オレらはこの治安部隊の本拠地に一寸の狂いなく侵入できたのか、ティーア、オマエなら分かるよな」
ベリルに質問を投げ掛けられ、ティーアの顔は曇る。
「内通者の存在ですね」
内通者のことはリンにも聞き覚えがあった。天界の生活に不満を持ち、黒天使と連絡を取る天使がいるという。
治安部隊が逮捕しているようだが、中には治安部隊の目を潜り抜ける者もいるらしく、全ての内通者を逮捕するのは難しいのだ。
「そうだ。治安部隊の建物の内部構造や天使の動きを細かに教えてくれた奴のお陰だ。ここまで言えば誰が情報を流したか分かると思うぜ」
ベリルが何を言いたいのかは、リンにも分かった。ティーアも理解はしているが口には出さない。
「まさか、治安部隊の中に内通者がいるのか?」
「その、まさかだよ、案の定そいつはラフィと逃げちまったようだけど
早く追わないとラフィが危ないかもな」
ベリルの話に、リンは表情を歪めた。
「……リンさん、これを」
ティーアに呼ばれ、リンは振り向く。ティーアは小さな水晶玉を掲げていた。
「それは?」
「治安部隊が使用している連絡水晶です。赤いボタンを押して、名前を告げれば探知機能が働いてカーシヴの場所が分かります
貸すだけですから、壊したりしないで下さいね」
リンは水晶玉を受け取って見た。左から赤、青、緑とスイッチが確かにある。
「私の代わりに貴方がラフィアさんを助けて下さい。私が本来行くべきでしょうがベリルを相手にしなければいけません。もし、カーシヴを見つけて彼が黒天使に加担してたとしても責めたりしないで下さいね、何か事情があるのかもしれませんから」
ティーアの声は暗かった。仲間の中に裏切り者がいる可能性があるというのがきついのだ。
「分かりました」
リンは連絡水晶を手に持ったまま、側にあった窓を開ける。
「せいぜい頑張れよ、リン」
ベリルは馬鹿にしたように言い放つ。
我慢できなくなったので、リンはベリルを睨みながら言った。
「僕の名前は父さんがつけてくれた大切な名前なんだ。馬鹿にするのは止めろよ」
今度こそリンは窓から外に出た。
善意のつもりでベリルを助けたが、裏目に出たようで助けて良かったのか正直分からなくなりそうだ。
「……ああいう奴は気にするな」
少しして、呪文を解いたナルジスが姿を現した。
「君の蹴りは凄いね」
考えを切り替えるために、リンはさっきの事を思い返す。
「きみが軽蔑されているのを見て腹が立ったからな」
「そう言ってもらえると、気が楽になるよ」
リンは薄っすら笑う。
リンが覚えている限りでは、ナルジスが人の事を気にかけることは無かったので、記憶封印が解除されて良かったと感じた。
リンは連絡水晶を顔に近づける。
「急ごう」
リンは赤いボタンを押して、カーシヴの名前を呼んだ。水晶の中から赤い点が現れた。カーシヴのいる位置のようだ。
リンとナルジスは疾駆の呪文をかけ、素早く目的地に向かった。

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