ラフィア達はさっきまで使っていた教室に来ていた。メルキが集合場所を変更しようと言い出したためだ。
教室にあった机の群れはメルキの呪文で教室の隅に置かれている。よって話すには問題のない広さとなっている。
ラフィア達の前にはリン達が立っている。
「すまなかったね。急に場所を変えようだなんて言ったりして、校庭だと広くて目立つからね。ここだと人目につきにくいから」
メルキはリン達に謝った。
「メルキ先生の判断は正しいと思います」
五人の真ん中に立つリンは言った。
「何か狭ぇ場所だな」
「話をするには打ってつけですねぇ、私達が通っている学校を思い出しますぅ」
ベリルとコンソーラは教室の感想を口にする。
黒天使の世界にも学校があるんだなとラフィアは思った。
「知らない顔が二人いるけど、名前を教えてくれるかな、最初は天使の方から」
二人の黒天使を気にせず。メルキはカーシヴに目を向ける。カーシヴは怯えた様子である。
カーシヴの顔に、ラフィアまで不安になる。
「は……初めまして、カーシヴと言います」
カーシヴは頭を下げた。
メルキは名を聞いた途端に表情をしかめる。カーシヴが黒天使に情報を流した裏切り者だから許せないのだ。
「メルキ先生……」
ラフィアはメルキの名を呼ぶ。メルキがカーシヴに突っかからないか心配になったからだ。
メルキはラフィアの声により、自分が言ったことを思い出し、怒りの顔を和らげる。
「おまえがカーシヴか、ラフィアさんやリン君から事情は聞いてるよ、天使に不利なことをしたな、事態が収まったらティーアに裁いてもらうといいよ」
メルキの声色は硬い。カーシヴがやった事が事だけに、怒りは収まらないのだ。
「分かってます」
カーシヴは短く言った。
「カーシヴさんが何したんだよ、いい加減言えよ」
ユラは苛立ち混じりに口を出す。ユラの様子からしてカーシヴの行為を知らないのだ。
「ユラ、先生は今カーシヴさんと話してるから口を挟んだら駄目だ……説明するから移動しよう」
リンはユラに耳打ちする。
「ここじゃ駄目なのか?」
「メルキ先生の話を邪魔したらまずいだろ」
「ちえっ、分かったよ」
ユラは渋々といった感じに、リンについていき、教室の外に出ていった。
「成る程な、カーシヴがオレらに情報を流した内通者か」
兄弟が行くと、ベリルがぼそっと呟く。会話からして察したようだ。
「そうなんですかぁ、気づきませんでしたぁ」
コンソーラは本当に知らなかった様子である。
「次はコンソーラさんの隣にいる黒天使、名を名乗るんだ」
メルキはベリルに視線を移した。ベリルは頭をかいだ。
「オレのことは、既に知ってると思うけどな」
「ボクはおまえの口から聞きたい」
「オマエ、偉そうだな」
ベリルは不快感を露にする。ラフィアがベリルを怖いと感じたのはあながち間違いではなさそうだ。
「言った方が良いと思いますよぉ、でないと話が進まないですから」
コンソーラはベリルに促した。
ベリルは「仕方ねぇ」と面倒くさそうに言った。
「ベリルだ。イロウ様の命令でラフィアと戦いに来た」
ベリルは好戦的な物言いをした。
「答えてくれて感謝するよ、ボクはメルキ、先生をしているよ」
メルキは「ほら、ラフィアさんも」と小声でラフィアに耳打ちする。こっちも名を名乗らないといけないらしい。
ラフィアは一歩前に出る。
「初めまして、ラフィアと言います。正直言ってあなたとは戦いたくないです」
ラフィアは最初ははきはきとしていたが、「戦いたくない」の所から自信なさげな声になった。
メルキはナルジスに目を向ける。
「ほら、きみも」
「……俺もですか?」
ナルジスは憂鬱そうな顔になる。本当に嫌なようだ。
「例え黒天使が相手でも、名前を知っておいてもらった方が良いと思うけどな」
「分かりました」
ナルジスはラフィアと違い一歩も動かなかった。
「ナルジスだ。言っとくがお前達黒天使と馴れ合うつもりはない」
「……そんなぁ」
「がっかりすんなよ、いつものことだろ」
落ち込むコンソーラを、ベリルが励ました。黒天使だからという理由で、天使から攻撃されたり、冷たい言葉を投げ掛けられたりしたのだろう。
しかしコンソーラはすぐに気を取り直した。
「でもぉ、私にはラフィアさんがいますからぁ」
コンソーラはうっとりした表情でラフィアを見る。当の本人であるラフィアはコンソーラの態度に顔が引きつった。
コンソーラは重いと感じる想いをラフィアに寄せている。
「ラフィアさんの戦闘用の服似合ってますよぉ、ユラさんは笑ってましたけど、私は素敵だと思います」
コンソーラは両手に頬を当てて、興奮混じりに言った。ここで落ち合った際、ラフィアの服を見たユラは笑ったからだ。リンがすかさず注意したが、自分でも柄にもない格好をしてるなと感じている。
リンとユラが中々帰って来ない。話の内容が重いので、リンが説明するために言葉を選んでいるのかもしれない。
「え……あ、そう? それは嬉しいな」
ラフィアはぎこちなく言った。内心は誉められて嬉しいのと、対立している黒天使だから警戒しないとならないという気持ちが入り交じっていた。
「だから今から近づきますよぉ」
コンソーラが恍惚とした表情で、三歩前に進んだ時だった。
「来るな!」
ナルジスがコンソーラを睨み付けて厳しい声を出す。
コンソーラは足を止めて、恍惚の顔つきから恐怖に凍りつかせる。
黒天使がラフィアを捕らえようとしているのは承知の上だし、ナルジスもラフィアを守りたくて一喝したのだろう。しかしコンソーラの顔を見て心がちくりと痛む。
「ナルジスくん、言い過ぎだよ、コンソーラさんは黒天使だけど、わたしを助けてくれたんだよ」
ラフィアは言った。コンソーラはラフィアの窮地を救ってくれた恩がある。
リンから聞いた話だと、コンソーラが呪文でサレオスとワゾンの動きを止めてくれたお陰で、リンはラフィアとカーシヴを連れ出すことができたのだ。
コンソーラがいなければ、今頃あの空間でサレオスの呪文で苦しんでいただろう。
「先生もラフィアさんに同意、来るななんて酷いと思うよ、黒天使だからって無闇な差別は良くないよ、むしろきみはコンソーラさんに感謝しなければならないよ」
メルキは二人の生徒から離れ、コンソーラの側に来て、右肩に手を置く。
「ごめんね。ボクの生徒がきみを傷つけることを言ったりして、ナルジス君は根は悪い人ではないんだけどね。後で謝罪させるから」
「メルキさん……」
コンソーラはメルキの優しさが嬉しかったのか、表情を和らげる。
コンソーラの隣にいたベリルが早足でこちらに来ていた。今まで黙っていたカーシヴが動き出して、ラフィアとナルジスの前に立つ。
カーシヴなりに、二人を守りたいのだろう。
「ラフィアさんとナルジスさんに、何の用ですか?」
カーシヴはベリルに訊ねる。
いきなり間に入られたことが、気に障ったのか、ベリルは眉をしかめた。
「そこの銀髪に話がしてぇ」
ベリルはナルジスを名前で呼ばなかった。コンソーラにきつい言葉を浴びせたのだから、良い印象はないのだろう。
「……そんな事を言って、ラフィアさんを連れ出す可能性もありますよね」
「バカかオマエ、卑怯なことはしねぇよ、単に話すだけだ。どけよ」
ベリルはカーシヴを軽く突き飛ばした。カーシヴはよろめいた。
「カーシヴさん!」
「んな叫ぶな、死んでねぇよ」
「あなた、乱暴者ね」
ラフィアはベリルを睨む。
「幾らでも言ってろ、話をさせてもらうぞ」

「話って何だ」
ナルジスはベリルに敵意を剥き出しにする。
「オマエ、グシオンって名に覚えはねぇか?」
ベリルが言った名に、ラフィアは思い当たる伏があった。ナルジスの夢に出てきたハーフの黒天使の名前だ。
『ラフィア、口を挟まないでくれ、こいつは俺に聞いてるからな』
ナルジスは見越したように、ラフィアにテレパシーで伝えた。ラフィアはナルジスが言わなかったら、口に出していた。
『う、うん、分かった』
ラフィアは戸惑いつつ返信した。
「グシオン……それはお前等の仲間だな」
「質問には答えろ、知ってるか」
ベリルは強い口調になった。ベリルも譲れないようだ。
「……それらしい奴なら夢で会った。ただし姿は見えなかったがな、それがどうした」
ナルジスはきっぱりと言った。
「オマエがグシオンに似てるからな」
「似てる? 写真でもあるのか」
「んなモンはねぇな、本人がいれば手っ取り早ぇけど、今日は不参加だからな」
「じゃあお前の言ってることは信用できないな」
ナルジスは刺々しく言った。
「俺は一人っ子だ。兄弟などいない、ましてや貴様ら黒天使などに俺の身内がいるなど考えるだけで虫酸が走る」
ナルジスは憎悪を剥き出しにして口走った。ハーフの黒天使が弟など認めないと言わんばかりだ。
ラフィアも耳にしたことはある。天使の中に天界の法をすり抜けて、黒天使と関係を持っているという。友情や結婚など様々だが、中には黒天使と天使の間に産まれた子供がいるらしいと聞く。
「随分嫌われたモンだな、まあ慣れっこだけどな」
ベリルは気にしていない様子だった。
「当たり前だ。お前はリンを馬鹿にしてたからな、蹴飛ばされて当然だ」
その言葉に、ベリルの眉がぴくりと動く。
突如空気が殺気立つ。
「今……何つった?」
「蹴飛ばされて当然だと言ったんだ。そうか、気づかないのも無理ないか、俺は姿と気配消しの呪文を使っていたから、お前も分からないか」
「オマエか! あの時蹴ったのは!」
ベリルは荒々しく叫ぶ。
ラフィアは二人が言っていることを頭の中で整理した。どうもナルジスは透明状態になり、リンを馬鹿にしたベリルに暴力を振るった。ということになる。
「ああ、蹴った」
ナルジスはあっさり認めた。
黒天使に敵対心を持っているとはいえ、ナルジスの言動は目に余る。
「んだと、てめえ!」
ベリルはナルジスの胸ぐらを掴み上げた。カーシヴ、コンソーラ、メルキも気づいたが、真っ先にラフィアが動く。
「やめてよ!」
ラフィアは二人の間に入り、大声で言った。ラフィアはナルジスを見た。
「ナルジスくん、いくら黒天使が嫌だからってベリルを怒らせちゃ駄目! あと暴力もいけないよ!」
ナルジスに言うと、次はベリルに顔を向ける。
「ベリルはリンくんが戻って来たら謝って! リンくんは名前のこと気にしてるんだよ!」
ラフィアは荒っぽい自分の対戦相手に注意する。怖さより、リンのことを傷つけるベリルの言動を許せなかった。
リンの名は父親から付けてもらったが、女の子のような名前なので、同級生にからかわれることもあった。ラフィアはその事を知っている。
ラフィアの言葉が、物々しい空気を緩和した。
「きみの言う通りだな。ついムキになってしまった」
ナルジスは自分の言ったことを反省した。
ベリルは額に手を当てて「あっはは!」と笑いだす。
「何が可笑しいの?」
「いや……すまねぇな、戦うヤツに叱られるなんて思っても無かったからな」
ベリルはラフィアの肩を何度も叩く。スキンシップなのか痛みはない。
ナルジスは露骨に嫌な顔をした。
「帰ってきたら謝るかな、リンちゃん馬鹿にしたりしてごめんなさいってな!」
明らかに反省してない様子だった。すかさずコンソーラがラフィアに耳打ちした。
「悪く思わないで下さい、ベリルさん仲良くなりたい相手をからかうんですぅ、あんな風に見えてリンさんには感謝してるのは本当ですからぁ」
「……そうなの?」
ラフィアはむっとした表情で言った。
グシオンとナルジスの関係は曖昧になってしまったが、ベリルとナルジスが戦わずに済んだのは不幸中の幸いだったのかもしれない。
空気がマシになったと思った矢先だった。ガラスが割れ、何かが飛んでいく音がして、次の瞬間カーシヴが地面に転がった。
ラフィアが真っ先にカーシヴの元に駆けつける。
「大丈夫ですか?」
「……っ」
カーシヴは苦しげな顔を浮かべる。
「黒天使の攻撃じゃねぇぞ、気配は感じなかったからな」
ベリルは言った。
「言われなくとも分かる。廊下に犯人がいるからな」
ナルジスが顎を動かし、窓に向ける。
「コンソーラさん、カーシヴさんをお願い」
「はい、お任せ下さい」
機嫌良く言うコンソーラにカーシヴを託し、ラフィアは窓を見た。
怒りに満ちた顔のユラがこちらを睨み付けていた。

戻る

 

inserted by FC2 system