「いよいよ、戦いの時か……」
セピア色の髪の少年はガリアから貰った水晶の映像を見て呟く。
ベリルとコンソーラが天使達と一緒に、ラフィアがいる場所へと向かって行った。
「グシオン、いるか?」
ドアを叩く音がして、グシオンは我に返る。
グシオンは立ち上り、ドアをそっと開く。そこにはイロウが立っていた。
「……天界に行くから準備をしろ」
イロウの声には緊張が満ちていた。
「はい、分かりました」
グシオンは言った。
グシオンは本来、体調の関係で作戦には参加しなかった。しかし自分の出世とある天使が絡んでいることから、イロウに頼んで条件付きで参加させてもらうことになったのだ。
なお、ベリルとコンソーラには内緒で参加しているので、二人が自分を見たら驚くかもしれない。
イロウにこれから同行するのも自分と関わる天使と会うためだ。ちなみにベリルに鍛えてもらったお陰で並みに戦えるので、イロウの足を引っ張ることは無いだろう。

身支度を整えたグシオンは移動呪文発動装着の部屋来た。
そこには長剣を携えたイロウとガリアや副リーダーであるゼンフとその弟子であるフェンネがいた。
ガリアは装置を操作するために、二人はイロウを見送るためにいる。
「お待たせしました」
グシオンは言った。
グシオンの姿を見るなり、唐辛子を噛んでいたゼンフは困惑の顔つきになる。ゼンフは緊迫した場面でも唐辛子を噛む癖を止めないのだ。
「驚いたな、ぼうずは不参加だって聞いてたぞ」
ゼンフは呆気にとられた様子だった。それもそのはずだ。グシオンがこの参加するのは黒天使でも一部にしか知られていないのだ。
「……俺がイロウ様に無理を承知で頼んだんです」
グシオンはきっぱり言いきった。
参加のためにベリルやコンソーラにばれないようにしたり、戦艦内に入るにしても、ガリアの発明道具で姿や気配を消して格納庫に隠れる等、色々と工作には苦労した。彼の努力もあり、今の今までばれずに済んだ。
「どうして隠れてたんだよ、堂々と参加すれば良かったのに」
フェンネはグシオンを見て残念そうに言った。
「フェンネは知ってると思うが、ぼうずは天使と黒天使の間に生まれたハーフだからな、黒天使の中にはぼうずのことを良く思わない奴もいる。隠れてたのも、そういう理由があるからだ」
ゼンフは長々と説明した。
彼が言うように、グシオンは生い立ちのせいか一部の同胞から軽蔑の眼差しで見られることがある。よって身を隠していたのも、作戦でピリピリしている同胞を刺激しないためだった。
「私は君にちゃんと参加して欲しかったよ、呪文も強いし、治安部隊の本部に襲撃するにしても申し分なかったよ」
「おいおい、ぼうずは体が弱いから、長時間は戦えない。フェンネも知ってるだろ」
ゼンフは言った。ゼンフがさっきからグシオンをぼうずと呼んでるのは自分が目下のためだ。
フェンネを名前で呼ぶのは彼が弟子だからである。
「……イロウ様には申し訳ないですけど、サレオス様の勝手さには冷や汗ものです。サレオス様を動かすより、グシオンを動かした方が良かったです」
フェンネはイロウに詫びを入れつつ、彼の弟を非難した。
グシオンなら自分の欲にかられず。同胞に協力しラフィアを捕まえることに専念するだろう。体が弱いのがネックになってるが……
「おい、イロウに失礼だぞ、それとぼうずのことは今さっき言っただろ」
弟子の言い分にゼンフは突っ込む。ゼンフがイロウを呼び捨てにするのは弟子のフェンネと違い、彼と対等な立場にあるためだ。
グシオンは口には出しはしないがサレオスの意見にはフェンネに共感した。
「……俺としても、あいつには頭が痛い所だ」
イロウは額に手を当て、苦々しそうな表情になる。あいつとはサレオスのことだ。
サレオスが同行した理由が私利私欲だったことも、作戦に参加させたのは我ながら失敗だったと痛感する。
ワゾンも監視役として役に立ってないので尚更だ。
「確かに目には余るけど、イロウとしてもあまり期待してなかったのよね」
「……ああ、そうだ。あいつは俺が言っても聞く耳持たない奴だからな」
ガリアの発言に、イロウは同意した。
身内の勝手さにイロウは大変だなとグシオンは思った。
「あいつらは大丈夫か、ベリルとラフィアの戦いを邪魔したりしないよな」
ゼンフの声色には心配に染まった。ゼンフはその場にいない人間を名前で呼ぶ。
サレオスとワゾンはラフィアの呪文で退いてから、姿が確認できない。
「あいつとワゾンは、ネビロス様の命令には逆らわない。逆らえばどうなるか理解しているからな、だから邪魔はしないはずだ」
イロウは静かな声で言った。
今回の作戦はネビロスが考えたものだ。ネビロスは逆らった黒天使を容赦なく罰している。
よってサレオスとワゾンも、ネビロスの命令を無視することはしないはずだ。
「だと良いけどよ」
「私もお供させて下さい。グシオンだけでは心配です」
フェンネは前に進み出た。フェンネは斧の使い手として戦力になる。しかしイロウは首を横に振る。
「フェンネはここに残って欲しい。治安部隊が気づかないとも限らないからな」
戦艦アルシエルは天使を寄せ付けない結界を張ってあるが、黒天使の気配を探って戦艦アルシエルに来る治安部隊の天使も現れるかもしれない。
イロウはその危険を考慮してるのだ。フェンネだけでなく戦える黒天使は二十人ほど戦艦アルシエルに残すのだ。
「イロウのことだから大丈夫だと信じるけどよ、何でぼうずと一緒に行くんだ」
ゼンフは疑問をイロウにぶつけた。
「ラフィアと一緒にいる天使が、グシオンと関わっているからだ。そいつに会わせてあげたいんだ」
「それって、誰だよ」
「悪いが今は言えない、確証できたら話す」
イロウは名前を言うのを避けた。
慌ただし足音が、移動呪文発動装着の前に響く。
中に入ってきたのはリュアレだった。
「イロウ様!」
リュアレは息を切らしつつ、腰に所持しているポーチから大きめの袋を出した。
彼女の慌てぶりは、地面に落ちている黒い羽根が証明している。急いで飛んで来たのだろう。
イロウにしか眼中にないため、グシオンがいることに気づかないようだ。
「遅れてすみませン! じいちゃんとボクが煎じたアルマロス草とラビエス草でス!」
「ギリギリだぞ。もう少し早くしろよ」
ゼンフが厳しく注意する。
もしリュアレが遅れていたら回復手段がほぼ無い状態でイロウとグシオンが天界に行くことになっていた。
「ごめんなさイ、次からは気を付けてまス」
リュアレはゼンフに頭を下げて謝罪した。
「リュアレ、薬草を有難う。大切に使うから、それとサレオスのことはすまなかった」
イロウは薬草を受け取りつつ、リュアレを労い、弟がリュアレにした仕打ちを詫びる。
戦艦に帰還した黒天使の手当てのために大量のアルマロス草を煎じなければならないので、ミルトがいるとはいえリュアレの負担は大きいだろう。
イロウはリュアレの苦労を知ってるのだ。
「サレオスのことは気にしてませン、イロウ様の無事を祈りまス。あ、あト……」
リュアレは言葉を続ける。
「ユラって子がいても傷つけるようなことをしないで下さイ、ボクを守ってくれた天使なんでス」
「ユラ……ああ、あの変わった道具を使うボウヤね」
リュアレの話に、ガリアが楽しげに笑う。
「分かった。覚えておこう、グシオン行くぞ」
アルマロス草とラビエズ草を腰に所持し、イロウは動き出した。
「えっ、グシオン……」
リュアレはようやくグシオンがいたことに気付き、ゼンフ同様に驚いた様子だった。
『説明は後でする』
グシオンはリュアレにテレパシーを飛ばした。
移動呪文発動装着に二人は乗った。
「ゼンフ、フェンネ、この戦艦を頼む」
「おう、任せておけ、天使どもは寄せ付けないから心配すんな」
「お気を付けて、イロウ様にご武運があることを願っています」
イロウの言葉に、ゼンフとフェンネが返した。
「ガリア、俺達を天界に飛ばしてくれ」
「分かったわ、二人ともまた会いましょうね」
ガリアは愉快そうに装置のボタンを押した。
こうして、二人の黒天使が天界の中に入ったのだった。
いよいよ、黒天使にとっての目的が果たされようとしていた……

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