五人の天使は横列で、左からベリル、ユラ、リン、コンソーラ、カーシヴという順で並んで学校に向かって飛びつつ、これまでの経由や情報交換をした。
移動呪文を使えば学校まですぐに移動できるが、積もる話もあるため、飛行移動となった。
話が終わり、最初に口を開いたのはベリルだった。
「……色々と悪かったな、ユラ」
「その事はもう良いって」
詫びるベリルを、ユラは宥める。
あの後リンに殴られたベリルはコンソーラのアルマロス草を飲んで回復し、それからコンソーラの口からユラがリュアレを助けた恩人で、証明するようにユラがリュアレから貰ったアルマロス草を出したこともきっかけで、馬鹿にしていた態度を一変させて、ユラに謝罪したのだ。
ベリルが謝るのはこれで二度目である。
「ベリルさんにとってリュアレさんは大切な人ですからねぇ」
コンソーラは両手に頬を当てて言った。
コンソーラの言葉にベリルは頬を赤らめる。
「ばっ! 誤解されるような言い方すんな!」
「すみませぇん……」
コンソーラは力なく謝る。
「リュアレはオレやコンソーラとも仲が良いんだよ」
ベリルはコンソーラの話を補足した。黒天使三人は普段は仲の良い友人同士のようだ。
「でも意外だよな、兄さんも黒天使を助けてたなんてさ」
「偶然だよ」
リンは言った。
兄弟揃って黒天使と絡むのはやはり血の繋がりなのかと思ってしまう。
「でもよ、リンのパンチ強烈だったな、ホント痛かったよ」
ベリルは苦々しげな表情を浮かべた。リンは胸がちくりと痛む。
頭に血がのぼっていたとはいえ、やり過ぎたと後悔した。
「……ごめん」
リンは重々しくベリルに謝った。
「兄さんは手を上げることは滅多にないぞ、オレを注意する時も口が多いけどな。
まあ、オレが傷ついていたから我慢できなかったんだろうな」
ユラはリンに視線を向けた。ユラが言うように、普段のリンは暴力を振るったりはしない。
「ベリルさんもいけないんですよぉ、ユラさんをいじめたりするから」
「それはまずかったと思ってる……殴られたことは気にしてねぇよ、むしろリンのことを見くびってたオレがいけねぇんだ」
コンソーラの意見を汲みつつ、リンに言った。
「……ベリル、ちょっと良いですか」
黙っていたカーシヴが話に加わろうとしてきた。
「ティーアなら死んでねぇから大丈夫だ」
ベリルは聞いてもいないことを口にした。ベリルはティーアと戦っていたことも話したからだ。
ティーアに勝ったとは言ったが、彼女の安否が抜けていた。カーシヴはそこを気にしているのではと感じ取ったのだ。カーシヴはティーアの部下で彼女の状態が気になるのは当然とも言える。
「いえ……そうではなくて、どうしてあなたは寄り道をしているのかという事です
あなたはラフィアさんが目的で、彼女が学校にいるのも知ってるはず。なのに何故関係のない場所にいるのですか」
「知らなかったなんてことはあるか?」
「いや、ソイツが言うようにオレはラフィアの居場所は仲間とのやり取りで知ってっからな」
ユラの疑問に、ベリルは答える。
ベリルは「ふぅ……」と深呼吸をした。
「まさかラフィと戦うのが怖いからとか言わないよな」
ベリルが勿体ぶっているので、ユラが突っ込んだ。ラフィアはああ見えて本気で怒ると結構怖い。
ユラが誤って怒らせた時は、攻撃呪文を放たれつつ逃げ回ったのが記憶にある。
「ユラ、今は真面目な話をしてるんだ。空気読めよ」
「冗談だって!」
兄に注意され、ユラは軽口を叩く。
「……ザガンのことを知るためだよ」
ベリルはユラと対照的に暗い声だった。
「ザガン?」
聞き慣れない単語にリンの心に疑問が湧く。
「黒天使の間では有名なんだ。天使から黒天使になった特異な存在だからな
だから天界内を探せばザガンの手がかりがあるかって思ったんだ」
「で、オレの秘密基地の近くまで来たのか」
「ああ、今のところ手がかりは見つかんねぇけどな」
「天使から黒天使に……初めて聞いたよ」
リンは顎に手を当てる。
「オマエら天使は知らねぇか、まあ無理ねぇよな、噂だと天使でも一部にしか知られてねぇらしいからな」
「隠したいんだな、天使が黒天使になったなんて怖いしな」
ユラは言った。
「オマエらはブファス派を知ってるか?」
「名前は知ってるよ、黒天使でも強くて厄介な存在だよね」
「ブファス派が現れるようになったのは九年前からだ。ザガンが現れてから、オレら黒天使の立場や取り巻く環境が変わっちまったんだ。
……ザガンが現れてから、ブファス派の黒天使が出現して、人を襲うようになった。本来黒天使は人なんて襲わねぇんだ」
「意外だな、黒天使はずっと昔から人を襲ってるとばかり思ってたぞ」
ユラの意見にリンも同意だった。
「あ、ひっでーな、オレら黒天使は元は魔獣退治の方が中心なんだぜ
ブファス派が暴走しているせいで悪印象はあるけどな」
魔獣とは人々の邪悪な思念から産み出された怪物である。
黒天使が人間を襲う事件は聞かない日がないという位に起きている。
「じゃあ二年前にラフィを襲った黒天使も……」
「ああ、ブファス派だ」
ベリルはあっさりと言った。
「とにかく話を戻すけどよ、オレはザガンの手がかりを探しに来たんだ。オマエらザガンの名に心当たりはねぇか?」
ベリルに話を振られ、リンはザガンという名の天使がいたかを思い返した。
しかしザガンという名の天使はいない。
「悪いけど、ザガンという名の天使は記憶にないな」
「オレも知らないな、ザキンならオレのクラスにいるけどカーシヴさんは?」
「ぼくもないです………しかし一つ引っ掛かることがあるんです」
カーシヴは静かな声色で語った。
「リンさん、ラフィアさんが記憶を失ったのは九年前の事故が原因ですよね。
日付は三月十六日で合ってますか?」
「ええ、そうですけど」
リンは言った。その日の事は忘れはしない。
幼稚園の頃は人の意図で忘れさせられていたが、ラフィアの事故のことははっきり覚えてる。
「コンソーラさん、ザガンが現れた日はいつか覚えてますか」
カーシヴはコンソーラに訊ねた。黒天使でも女性ということか呼び捨てにはしないらしい。
「えっとぉ……三月十八日ですぅ」
「……何が言いたいんだよ」
話が見えずユラが困惑していた。
「事故とザガンの出現、偶然にしては出来すぎてると思いませんか」
「日数的には確かに近ぇな」
「作為を感じますねぇ」
ベリルとコンソーラは言った。
「九年前って聞いて思い出したぞ」
ユラの声は少し興奮が入り交じっていた。
「ラフィは両親だけじゃなくて、兄弟がいたよな」
「ああ、クローネさんだよ、ラフィの姉さんに当たる人だよ」
「そうだったか!」
ユラは納得した様子だった。
「……調べなくても良さそうですね」
カーシヴは重い声で言った。
クローネの調査をユラがカーシヴに依頼していたが、調査しなくても分かりそうだ。
「クローネさんの行方も九年前から不明なんです。恥ずかしい話ですが皆さんと話している間に思い出しましたよ」
「クローネさんとザガン、何か関係あるのか?」
リンは囁く。
『リン……聞こえるか?』
話を破るように、苦しげなナルジスの声がリンの脳内に響き渡る。テレパシーだ。
「ナルジス……どうしたの」
『すぐに戻って……来てくれ……学校に黒天使の奴等が現れた』
ナルジスの声は切迫していた。

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