「あ……あのぅ、ラフィアさんは残してきて良かったんですかぁ?」
「メルキ先生やナルジスがいるから大丈夫だよ、学校の外の方が危険だからね」
「ラフィアさんは私が守るから大丈夫だったんですけどねぇ」
「……気持ちは嬉しいよ」
リンとコンソーラはユラとカーシヴのいる場所へと急いでいた。
コンソーラが友人から連絡を受け、学校にユラが来ると聞いた。しばらくしてナルジスからリン向けに連絡が来て今度はカーシヴがユラと交流するという。
ナルジスが学校に到着し、三十分くらい経ってもカーシヴとユラが到着しないことが不安に思った。
リンがカーシヴにテレパシーを飛ばしても連絡がないことから二人を探しに行くことにした。その際ラフィアも同行を求めたが残るようにリンが説得したのだ。
コンソーラがついていくのはユラに友人のことで礼を言いたいからである。
「一つ聞いて良いですか」
「何かな」
「ユラさんにテレパシーを飛ばさないんですかぁ?」
コンソーラの疑問は最もだ。ユラにテレパシーを飛ばせば簡単に連絡がつく。
しかしユラにテレパシーを飛ばせない理由があった。
「……あいつは色々あってテレパシーを好まないからな、飛ばしたくてもできない」
リンは重々しく語る。
「だからユラ専用の連絡水晶があるんだ」
リンは手のひらにある水晶をコンソーラに見せた。ユラのようにテレパシーが苦手な天使のために作られた連絡手段が連絡水晶である。
ティーアから借りた連絡水晶と同じ型だが、違うのは連絡水晶の底に自分の名を記していることだ。
ユラの位置は秘密基地がある付近で止まっている。
「……待ってろよ、ユラ」
リンは弟の無事を祈った。

数分後、リンとコンソーラはユラの元に到着した。
そこでは昨日自分が助けたベリルが弟のユラと戦っていた。
ベリルは剣ではなく何故か体術でユラに殴りかかり、ユラはベリルの攻撃を読んでかわす。
カーシヴがいるがユラを追ってきたのでいる理由は分かるが、何故ベリルがいるのか疑問が湧く。
「ベリルさんは、剣だけでなく体術もできるんですよぉ」
コンソーラの言葉もユラが相手でなかったら別の意見がリンの口から出ただろう。
ユラはベリルが怖いのか、強張った表情で手足を出さない。
止めないといけないのは明白だ。
コンソーラの話を無視するのは悪いと思いつつ。リンは息を吸った。
「ベリル、やめてくれ!」
リンは大声を発した。その声にベリルは動きを止める。
ベリルはリンの方に顔を向けた。そしてリンに近づいてきた。
「おっ、また会ったな」
ベリルは悪びれた様子もなく、余裕の顔つきだった。
「君との話は後だ」
リンは短く言うと、真っ先に弟の元に飛んでいった。
「ユラ!」
「……兄さん」
「大丈夫か?」
ユラの声は弱々しかった。顔、肩、腹にはベリルに殴られた形跡が残っている。
治療が必要なのは明白である。
「これくらい日常茶飯事だからな」
ユラが明るく言った直後だった。ユラは右肩を押さえ苦痛の表情を浮かべた。
「っ……いたっ」
「すぐに手当てをしよう、秘密基地のある場所に行くけど良いな」
リンは確認した。秘密基地がユラにとって大切な場所なのは理解しているからだ。
「ああ、構わない」
ユラは言った。自身の状態から兄の意見もやむ得ないと思ったようだ。
「よし肩貸すよ、移動しよう」
リンはユラの左腕を肩に回した。
癒しの呪文は使おうと思えば使えるが、ユラが傷ついている姿を見て、すぐに癒しの呪文を使うことを思い付かなかったのだ。
「ベリル、コンソーラ、僕についてきてくれ」
二人の黒天使にリンは言った。次にリンは同胞のカーシヴに目を向ける。
「カーシヴさんもです。来てもらえますか」
リンは二人とは対照的にカーシヴに敬語で言った。
カーシヴの体は傷だらけで、ユラと同じく手当てが必要である。
「……分かりました」
カーシヴは静かに答える。
リンは怪我をした弟を抱え、治安部隊の天使と二人の黒天使と共に秘密基地に進んだ。

リンはユラを癒しの呪文で、コンソーラは持参したアルマロス草をカーシヴに飲ませていた。
「あっちはきつそうだな」
「確かにな」
ユラの意見にリンも同意だった。
カーシヴはアルマロス草を辛そうな表情で口に含んでいるからだ。
「あれはミルト爺が作ったアルマロス草だからな、効くけどすっげー苦いんだ」
ベリルは淡々と語る。兄弟の話に加わりたいのだ。
リンもベリルに「そうか……」と短く答える。
「よし、治療は終わったぞ」
リンは光を出すのを止めた。ユラは立ち上がり両手を動かした。
「痛くないか?」
「問題ない! 流石は一人前の天使サマだな」
ユラはリンの肩を冗談半分で軽く叩く。
ユラの体調は回復したようだ。弟の様子にリンは安心した。
「元気になって良かったな、半天使」
ベリルはからかい半分で口走る。半天使とはユラのことだが、天使の間では悪意がなくても侮辱言葉である。
リンはベリルを見て睨み付けた。
「ベリル、僕を女だと馬鹿にするのは構わない」
リンの声には怒りが混じっていた。
弟を傷つけた上に、悪びれる様子もなく、馬鹿にする発言までされて我慢できなくなったのだ。
「でもな、ユラを……弟を傷つけたのは僕は許さない!
僕はそんな事をさせるために君を助けた訳じゃないんだからな!」
リンは叫んだ。腰に携えているメルキから借りた剣の束に手をかける。
「君が弟を傷つけるなら……僕は君と戦う!」
荒ぶったリンの声にコンソーラと治療を終えたカーシヴが駆けつける。
「リンさん、どうしたんですかぁ!?」
「止めないでくれ、僕はベリルと戦うから」
「ダメですよぉ!」
コンソーラはリンの肩を掴む。
「落ち着いてリンさん、物騒なことを言わないで下さい」
カーシヴはリンの前に正面に立った。
「まずは冷静になりましょう、ね?」
「そうですよぉ、ベリルさんはリンさんが思っている以上に強いんです。まともに戦ったら大怪我しますよぉ」
二人に止められ、リンの頭から興奮がゆっくりと抜けていき。剣の束から手を離した。
剣の手ほどきは出発の際メルキから受けたが、実際の所剣を持ったのは初めてで、戦いには自信がなかった。
「カーシヴさん、ベリルと話をさせて下さい、コンソーラも大丈夫だから」
リンは二人に言った。
「本当に平気ですか?」
「……ええ」
「分かりました」
カーシヴはリンの正面から機敏に左に動く。
「リンさん……」
「話をするだけだから」
コンソーラは渋々とリンの肩から手を引く。
リンは三歩前に出てベリルに近づいた。
「ベリル、僕は君と戦うと言ったがやめておく」
「ああ、それが良いぞ、オマエ見るからに弱そうだからな」
ベリルはリンを見下していた。鼻につく発言だった。
「だが……」
リンの右手に力が入った。次の瞬間だった。リンはベリルの右頬に拳を叩きつける。
ベリルは空中にふわりと浮き、地面に体を打ちつけた。
「二人に免じて一発でチャラにする。ユラが味わった痛みだ」
リンは右手を掲げた。ベリルは頬を押さえた。

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