「なあ、カーシヴさん」
「……何ですか」
カーシヴは少し怒った声を出した。
「さっきのことは謝るから、道具を返してくれないか」
ユラは控えめに言った。
二人は今学校に向かっていた。が、秘密基地を出る前にカーシヴがイタズラ防止のため、ユラのイタズラ道具を没収してしまったのである。
ただし全部ではなく友人の道具や自分の道具を二つシャツに隠してある。
カーシヴが前でユラが後ろからついてくる形で飛んでいる。
「駄目ですよ、学校に着いてから返しますから今は我慢して下さい」
カーシヴは前を向いたまま言った。
ユラは「ちえっ」と呟く。
しかしユラは簡単にイタズラを諦めてはいなかった。
「カーシヴさん、一つ聞いて良いか」
「イタズラ道具は返せませんよ」
「それは我慢するよ、重要な質問なんだ」
ユラは真剣な声色で言った。
「クローネって名前の女を知らないか」
ユラの問いかけに、カーシヴは後ろに顔を向ける。
「クローネさん……ですか」
「古い箱に入っていた人形に書いてあったんだ。ラフィに関係する名前だと思うんだ。覚えている限りラフィに似てたからな」
ユラは顎に手を当てて考える。
名前や容姿はおぼろげだが覚えがある。が、それ以上のことは靄がかかっているため上手く思い出せない。
「どうしてぼくに聞くんですか」
「あんたは治安部隊の天使だろ、クローネのことを調べてくれそうかなと思ったんだよ……兄さんには聞けないしな」
ユラは柄になく遠慮がちに言った。
幼い頃に両親の離縁など家庭で色々トラブルがあったので、兄にその事を思い出させたくないというユラなりの配慮である。
「お願いだ。もしかしたらラフィの記憶にも関係するかもしれないんだ。あいつは普段元気にやってるけど、昔の記憶がないなんて可哀そうだなって思うんだ」
ユラは感傷的な声になった。
自分は子供の頃の記憶は思い出そうと思えばおぼろ気ながらできるが、ラフィアにはそれができない。
断片的ではあるが過去のことは思い出してきてるものの、完全に戻るのに時間がかかりそうだ。ユラはラフィアの記憶を取り戻すきっかけを作りたいのだ。
「分かりました。でも調査はぼくではなくて別の天使に任せることになります」
「……あんたはやらないのか?」
「調査はぼくの管轄外ですから」
カーシヴが言った。
ユラは知らなかった。カーシヴが裏切り者で調べたくてもできないということを……
「頼むぞ」
ユラは強く言った。
クローネのことが分かれば、もしかしたらラフィアの記憶のことも明らかになるかもしれない。

二人は静かに飛んでいる時だった。遠くに一人の黒天使が見えた。
「あれは、黒天使だよな」
「気配からして、そうでしょうね」
「まさか、こっちに来たりしないよな」
ユラは不安な胸中になった。
こっちの方向には秘密基地があり、黒天使に発見されて、傷つけられたり破壊される事態は避けたい。
黒天使はユラの不安を大きくするように近づいてくる。
「あいつもラフィを狙ってるんだよな」
「でしょうね、ラフィアさんが秘密基地に隠れている可能性も奴等は考えてるはずです」
カーシヴの言葉に、ユラの体は震えた。
「……秘密基地には近づかさせない、あそこは思い出が詰まってるんだ」
ユラは風のような早さで飛んで行った。カーシヴが名を呼んだが無視した。
ユラはイタズラ道具を着ていたシャツから取り出した。友人のミスチが作った「どっかんピストル」でさっきユラが持ち出した道具である。
「ミスチ、使わせてもらうぞ」
ユラはどっかんピストルを構え、黒天使に向けて放った。
玉は黒天使の手前で道具の名の通り大きな音を立てて爆発し、黒い煙が黒天使を包む。どっかんピストルは煙で相手の動きを止めてくれるのだ。
「黒天使でも効果はあるよな」
ユラは恐る恐る煙に近づいてみた。
黒天使は顔以外煙に包まれ、身動きがとれない様子である。
黒天使に試したのは初めてだが、上手くいったようだ。
薄緑の髪に、琥珀色の目をした黒天使が表情を歪めていた。
「オマエか、妙な呪文を使いやがったのは」
薄緑髪の黒天使は不機嫌そうに言った。
「呪文じゃない、道具だ」
薄緑髪の黒天使はユラの言葉に「ちっ」と舌打ちする。
「ふざけた真似しやがって、あんまオレを怒らせない方がいいぞ」
黒天使が話している間に、ユラの隣にカーシヴが並んだ。
「ユラさん、あなたはとんでもない事をしましたね」
カーシヴは落ち着いた口調だが、怒りが含んでいた。
「道具のことは隠してて悪かったよ」
「そうではありません! 目の前にいる黒天使のことです!」
カーシヴは明らかに動揺していた。
「やつはベリルと言って攻撃性が高く非常に危険な黒天使なんです」
「あいつはそんなにやばい奴なのか」
ユラはカーシヴがベリルと呼んだ黒天使に指を差す。
カーシヴは慌ててユラの手を下ろさせた。
「そのバカに教えておけ、力の弱いヤツが強いヤツに歯向かうと死ぬってな」
ベリルは力を溜め始めていた。ユラの体にも嫌でも気配が高まっていると理解できる。
「ユラさん、下がってください」
「煙からは簡単に出られないはずだ」
ユラは言った。どっかんピストルの説明だと煙の拘束は五分で、出るのも容易ではないらしい。
「ベリルには関係無いです」
カーシヴが言った直後だった。ベリルは拘束していた煙を完膚なきまでに吹き飛ばした。
ベリルは余裕の表情を見せた。友人の道具があっさり否定された気分になり、ユラの心はちくりと痛む。
「つまんねぇ戦いにうんざりしてたからな、少し遊ぶか」
ベリルは短剣を出した。
「……ぼくが相手になりますよ」
カーシヴはベリルに続く形で警棒を出した。
「そこのバカは戦わねぇのか?」
「彼はまだ見習い天使ですから戦うのは無理です」
カーシヴは冷静に語った。
「ユラさん、危ないですからここから離れて下さい」
「あ……ああ」
二人の殺伐とした雰囲気にユラは距離をとった。ベリルに馬鹿にされ悔しいがカーシヴに任せた方が良さそうだ。
「さて、始めるか、かかってきな!」


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