「……何だ。それは」
「これから必要になるから作ったのよ」
イロウに聞かれ、イロウに背を向けているガリアはどこか嬉しそうに答える。 イロウはガリアの様子を見に、ガリアの研究室に訪れるのだ。
ガリアの手元には白い羽根を生やした少女が目を閉じて眠っている。ガリアが発明品として作った人形だが、精巧で一目見ただけでは人形とは分からない。
「どうして俺の娘に似てる?」
イロウの口調は冷静だが、怒りが混ざる。
天使人形は、イロウの娘であるエイミーに酷似している。エイミーは黒髪に左右のお団子をしているが、人形は白銀の髪に同じ髪型である。
エイミーはイロウの妻のオリビアと共にグリゴリ村にいるが、家族を大切にするイロウにとって、いくら人形とはいえ、エイミーにそっくりなのはいい気はしないのだ。
余談だが、イロウの右手にはエイミーが作ってくれたブレスレットを付けている。
「ごめんなさいね、いいアイデアが浮かばなかったから、貴方の娘をモチーフにしたわ」
ガリアは謝罪を口にした。
「まさか戦いに巻き込んだりしないよな」
「心配しなくても、この子は戦いには使わないわ」
ガリアは言った。この子とは今は眠る人形のことだ。
ガリアは立ち上がり、イロウを見る。
「そろそろ準備しなくて良いの? 決戦が近いんでしょ」
ガリアは言った。イロウは「ああ……」と答える。
「二人の戦いの場の準備は私に任せてね。あの子はそのために作ったの」

リンとラフィアが住んでいる家には、ロウェルとリエトがいた。
「貴方の口に合うと良いですけど」
ロウェルは丁寧な口調で、椅子に座るリエトに紅茶を差し出した。
「いや、私の方から勝手に来たんだから十分だよ」
リエトは言うと紅茶を一口飲む。
リエトがこの家に訪れることは離婚して以来ほとんどない。
リエトと会うのは、月に一度の食事会の時くらいだ。
「それで何の用ですか? 先に言っておきますけど、リンとラフィアは今はいませんよ」
ロウェルは切り出した。リンは書き置きを残していなくなり、ラフィアは治安部隊に連行された。
リエトは空のカップを木のテーブルに置く。
「天界内に黒天使が侵入したのは君にも分かるね」
「ええ、気配がしますから分かりますよ、それがどうかしたんですか」
「黒天使の侵入はラフィアが原因だよ」
リエトはきっぱり言い切った。
リエトがラフィアを良く思っていないのをロウェルは理解していたが、リエトの発言はあまりにも行き過ぎだとロウェルは感じた。
「どうしてそうなるんですか」
ロウェルは納得がいかず、怒り混じりに元夫に訊ねる。
「ラフィアは他の天使と違うと感じていたからね、あの子が元で何か起きると思っていたよ、案の定黒天使が天界内に入ってきたよ」
「ラフィアに責任を押し付けるようなことを言わないで下さい。黒天使が入ってきたのは黒天使の問題です」
ロウェルは歯切れのいい声で言った。リエトは話を続ける。
「今からでも遅くないから、ラフィアは別の天使に引き取ってもらった方が良い」
「何てことを言うのですか」
ロウェルはリエトの話に怒りが込み上げてきた。 今のリエトの言葉をラフィアだけでなく兄弟にも絶対に聞かせたくない。
「私は言ったはずだよ、あの子を引き取るのは反対だって」
リエトと離婚したのは、両親を失ったラフィアを引き取るか、取らないかで口論になったことだ。
結果として、ラフィアは引き取ったものの、ユラはリエトが引き取る形で離婚となってしまった。ロウェルは兄弟だけでなく、ラフィアにも申し訳ないと心から感じている。
リンの悲しげな顔は今でも忘れられない。
この話は三人には伏せ、離婚の原因はお互いが合わなくなったと三人に伝えている。
「それは貴方の都合です。私はラフィアを引き取って後悔したことはありません、例えどんな苦労があったとしてもです。
貴方が何と言おうとラフィアを手離すなんてできません」
ロウェルは芯の通った声で言った。
二人の子を女手一つで育てるのは並大抵ではない。それでも二人はロウェルの気持ちを理解できる子に成長したと思う。
「私から質問しますけど、ユラはどうしたのですか」
ロウェルは訊ねた。ユラはリエトの家で暮らしている。黒天使が入ってきた以上、ユラだけを残してここに来たのなら問題はある。
「ユラは君やリンに会うと言って透明マントを被って出ていったよ」
リエトはラフィアの名を上げなかった。ラフィアは他人の子なので仕方ないとロウェルは割りきった。
「どれくらい前ですか?」
「二時間くらい前だよ、ユラのことだから道草を食ってるのかもな」
「マントがあっても外は危険なんですよ、何考えてるんですか」
ロウェルはリエトに憤りを抱いた。
リエトは平気だと考えるのかもしれないが、ロウェルは不安で仕方がない。
リンとラフィアは天使になったので問題ないだろうが、ユラは見習い天使で、もし黒天使に襲われたらひとたまりもない。
「私はユラを探しに行きます」
「そんなに心配なら私も君と行くよ」
「いえ、貴方はここで待っていて下さい、ユラと行き違いになったら困りますから」
ロウェルはリエトの申し出を拒否した。親のどちらかが残った方が、万が一子供がこの家に帰ってきた時安心するだろう。
ラフィアはリエトを見て良い顔をしないが、それでも誰もいないよりはマシである。
呪文を使い、身支度を整えると、ドアノブに手を掛けた。その時だった。
ドアを叩く音がした。
「こんばんは」

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