「……何だ。早くしろよ」
ベリルが苛立った様子だった。すぐにラフィアのいる学校に行きたいのに、カーシヴが横入りしたからだ。
ベリルはカーシヴより年下だが、言動が荒く、恥ずかしい話怖いと感じてしまう。しかし言い出した以上ちゃんと言わないと気が済まなかった。
カーシヴは強いとされる黒天使に思っていることを伝えようとしていた。
「ぼくは、あなたをラフィアさんと戦わせるのは反対です」
カーシヴは芯の通った声で言った。ベリルは「ぷっ」と吹いて笑う。
「何言ってんだ! 笑わすな! オレに歯も立たなかったクセしてよ!」
ベリルはカーシヴを馬鹿にする。
ユラを守る際ベリルの猛攻に手も足も出ず、結局怪我を負い目的を果たせなかった。
「……確かにそうです。ぼくはあなたに勝てませんでした」
カーシヴの体には緊張が染み渡る。ベリルを怒らせれば怪我だけでは済まない。
「それでも、ぼくは今回の件を招いてしまった責任を果たしたいんです」
カーシヴの声色は真剣だった。ラフィアを戦わせないこともそうだが、自分の罪を償いたいのだ。
情報を黒天使に渡しても、姉は戻って来なかったので、結局黒天使に踊らされていただけだ。
カーシヴの話にユラがついていけず首を傾げる。ユラはカーシヴが裏切り者なのを知らないのだ。
「……カーシヴさんは何かしたのか」
「後で説明する」
リンがユラの横に立って弟に耳打ちした。
「ひよこのクセに、言ってくれるじゃねぇか」
ベリルは変わらずカーシヴを馬鹿にしていた。
「責任か……言葉を返すが、オレにもあんだよ、イロウ様の命令に従うってやつがよ」
ベリルはカーシヴの胸ぐらを掴む。
「オレら黒天使は生半可な気持ちで天界に侵入した訳じゃねぇんだ。今回の作戦には黒天使の命運がかかってるって言っても良い。
目的を達成できなければ、オレらに未来はねぇんだ。こっちも引くに引けねぇ!」
ベリルは荒々しく言った。黒天使にも事情がありそうだが、今はそれどころではない。
「オレに立ちはだかるなら殺すぞ、オマエは弱そうだから三分もかかんなさそうだけどな!」
「やめて下さいよぉ!」
二人の間に入ったのはコンソーラだった。
「何だよ、邪魔すんな」
「戦いはダメです! カーシヴさんもベリルさんを挑発させないで下さいよぉ!」
コンソーラは普段の気弱とは思えない強い口調だった。彼女の切迫した表情から戦ってほしくないという気持ちが
伝わってくる。
コンソーラに続く形で、リンは動く。
「コンソーラの言う通りです。僕だってラフィが戦うのは反対ですけど、ベリルと貴方が戦うのとは話が違うと思います」
リンはカーシヴを諭すように語る。
ベリルはカーシヴを荒っぽく解放し、カーシヴは下を向く。
カーシヴは本気だったのかもしれないが、リンやコンソーラに止められ、冷静になったのだ。
「……すみません、ラフィアさんの優しい言葉を聞き、つい言いたくなったのです」
顔を上げ、カーシヴは詫びの言葉を述べる。
彼が言うように、ラフィアは優しいので例え裏切り者であっても、暖かい言葉をかけたのだとリンは思った。
「優しい言葉ですかぁ……羨ましいですねぇ」
コンソーラはうっとりした表情で言った。
ラフィアには恩を感じているが、当の本人には警戒されていて、ラフィアに優しい言葉をかけてくれないのだ。
「命拾いしたな、ひょっこ、コンソーラに感謝すんだな、オレはマジでオマエを殺っても良かったぜ」
「ベリルさん!」
ベリルの腹立つ言い方に、コンソーラがうっとりから一転し、また強い口調になる。
折角終わりそうになった話が蒸し返されるのは困る。
「……話はついたか? さっさと行こうぜ、また黒天使が来るのはオレは御免だぞ」
ユラは四人の間に入って口を挟んだ。
「確かにそうだな、カーシヴさん、協力してくれますか?」
リンは弟に言い、次にカーシヴに訊ねた。カーシヴの力がなければ五人を瞬時に移動させる呪文が紡げないのだ。
「はい、問題ありません……ご迷惑をおかけしました」
カーシヴは再度謝った。
「今度こそ学校に行こう」

「似合ってるね。ラフィアさん」
五人に一悶着が起きていると知らず、ラフィアはいつも通っている教室でメルキの呪文により、服装を変えさせられていた。
普段とは違い、純白の長袖に、同色のズボン、髪型は一つに束ねている。
ラフィアが身に付けていたペンダントはこれからの戦いを考慮し、ズボンに携えている小さなポシェットに入れてある。
保健室は使用できないので、移動してきたのだ。
「……何かいつもと違うわたしって感じがしますね」
ラフィアは自分の服装を見て感想を述べた。
メルキいわく戦闘準備の一つだという。
「ラフィアが戦うのは、俺は賛成できません」
ナルジスは言った。コンソーラがくれたラビエス草の効果で異常呪文の影響も消えすっかり元気になったのだ。
「先生も嫌だけど、一応準備だけはしておかないとね。服にはダメージを減らす呪文が組み込まれているから、派手な攻撃や呪文でも傷つかないはずだよ」
「そう……ですけど」
ラフィアは複雑な心境だった。
「武器はそうだね……何か希望はあるかな」
「武器ですか?」
突然聞かれ、ラフィアは返答に詰まる。
「服は先生が選んじゃったけど、武器はラフィアさんの意見を聞きたいな」
ラフィアは黙って考えた。
剣は物騒だし扱えるか分からない。メルキのように銃は何か違う。弓矢はやったことがあるが一発も当たったことがないので難しい。
……わたしは、人を傷つけるのは柄じゃないな。
ラフィアは思った。戦いにおいて怪我はやむ得ないが、刃物系(包丁は別だが)を使うのは躊躇ってしまう。
「……きみにはステッキが向いてそうな気がするな」
ナルジスが口を挟む。
「ナルジス君、これはラフィアさんが決めないといけないことだよ」
「あ、すみません」
メルキに叱られ、ナルジスは謝罪した。
しかし、ナルジスの言ってることは確かにしっくり来た。ステッキなら殺傷能力が低い分、念じれば呪文を詠唱なしで放つこともできるのだ。
人を傷つけるのを好まないラフィア向きである。
「ナルジスくんの意見は最もだと思います。ステッキで良いです」
ラフィアがナルジスを"くん"付けして呼ぶのも大分慣れてきた。
「そう? 先生は短剣とかの方がお勧めなんだけどな、ラフィアさん動きはすばしっこいし……あっ、ごめんね。自分で決めるように言ったのに口出ししたりして」
メルキは言った。メルキもラフィアの身を案じて口を出しているのは承知している。
短剣なら重くない上に、殺傷能力もあり、加えて素早く動いて敵への連続攻撃もできる。ラフィアが扱うにしても問題はなさそうだ。
が、ラフィアは首を横に振る。
「気持ちは有り難いですけど、わたしは剣とか好きじゃないですから」
ラフィアは控え目に言った。
「それがラフィアさんの意思なら尊重しないとね」
メルキは両手を掲げた。そして呪文を口にする。
「ここにステッキを作成する!」
黄色く目映い光が溢れ、棒状の物体が形成した。数秒後には水晶が嵌め込まれた青色のステッキが現れた。
メルキはステッキを両手に持ち、ラフィアの前に差し出した。
「はい、ラフィアさん、きみにしか使えないステッキだよ」
「わたしにしか使えないんですか?」
「そうだよ、先生は元々こういうのは得意だからね」
メルキは自慢げに言った。
「まあ、論より証拠を示した方が良いよね」
メルキはラフィアに渡すステッキを窓の方に向ける。
「炎の玉が複数となって襲いかからん!」
メルキが叫んだ。しかし玉は水晶からは出てこない。
ステッキを下ろし、メルキはラフィアの顔を見る。
「ね? 呪文は出ないでしょ。念じてもみたけど同じだよ」
「じゃあ、わたしがやってみます」
「気を付けて使ってね」
「はい、分かりました」
ラフィアはメルキからステッキを今度こそ受け取った。
一回深呼吸をして、ラフィアは口を開く。
「炎の玉が複数となって襲いかからん!」
ラフィアはメルキと同じ呪文を詠唱した。すると水晶が輝き、複数の炎の玉が一直線となって窓へと飛んでいった。
炎の玉は窓ガラスを突き破り、暗闇へと消えていった。
「このステッキ……確かにわたしの力に反応しますね」
ラフィアはステッキに感心した直後に「あ」と短い声を上げる。
「窓ガラス割っちゃった……」
ラフィアは罪悪感にかられた。普段はそんな事は絶対にしないからだ。
「心配しなくても、作るから大丈夫」
メルキはラフィアを慰めるように言った。片手を掲げると生成呪文を唱えガラス窓を一瞬で作り上げた。

「メルキ先生は凄いです。もしかして創造の神様候補だったんですか?」
ラフィアはメルキを褒めた。メルキが専用武器を作成できるのを初めて知ったからだ。
専用武器や道具を作成するのは簡単ではない。創造の神様かその力を与えられた候補でないとできない。
創造の神様を真似しようと、ラフィアはリンに誕生日プレゼントのため彼にしか使用できないペンを作成しようとしたができなかった。形は成功したが、ユラにも使えてしまったからだ。
「……そうだよ。本当なら元・治安部隊や先生ではなくて、創造の神様になってるはずだったんだ。でもね。先生は神様にはなれなかった」
「どうして……ですか?」
「神様になる試験に落ちたんだよ。いくら候補になっても、試験に合格しないとなれないんだ。ラフィアさんも覚えておくといいよ。神様になるにしても試験があるってね。例え神様にはなれなかったとしても、素行に問題が無ければ使用制限はあっても力は残るんだ。そのお陰でラフィアさんに武器を作れたんだ」
メルキの表情は話している間少し曇っていた。神様になれなかったことが悔しいのかもしれない。
神様になるのも楽ではないとラフィアは思った。
「神様ってことは、ラフィアは神に選ばれた天使ってことですよね」
ナルジスは驚いた様子だった。
メルキは「あっ」と声を出して、口に手を当てる。
「迂闊だったな……ナルジスくんやリンくんには言うべきだったね。ナルジスくんの言う通り、ラフィアさんは神に選ばれた天使なんだよ」
メルキはしまった……と言わんばかりの顔になった。
「言い忘れててごめんね。そうだよ。わたしは神に選ばれた天使なの。ほらここに証拠」
ラフィアは首筋をナルジスに指差した。
服を着替えるまでは髪は束ねて無かったので首筋は見えなかったので、今なら分かりやすいはずだ。
ナルジスはラフィアの首筋をジッと見つめる。
「確かに刻印があるな、俺の養父と同じのがな」
ナルジスは複雑な顔をした。
ナルジスの家庭は裕福だが、彼の待遇は非常に冷たい。
ラフィアはナルジスの心境を考え、首元を隠した。
「ご……ごめん、イヤなことを思い出させて」
ラフィアは再び詫びの言葉を口にする。
「いや、きみは悪くない」
ナルジスはラフィアを責めなかった。
「リンくんにも後で言っておかないと、って所だけど、後にしようか」
メルキは途中で話を止める。
先生が会話を中断した意味をラフィアも気づく。気配が校庭からしたからだ。
メルキは急に黙って、頷いていた。誰かとテレパシーをしているようだ。
「天使と黒天使の気配が混ざってるよね」
「リンと赤毛女かもしれないな」
「二人とも玄関に迎えに行こう、リンくん達が到着したから」
メルキは言った。
いよいよベリルと会うとなるとラフィアの体からは緊張が沸いてきた。

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