六月のある日の下校時間。
リンは下駄箱で靴を履き替え、外に出ようとした時、見知った姿があることに気づいた。
濃い栗色の髪に一部を結った少女が困った顔をして空を見上げている。
リンの同じクラスにいるカンナだ。
リンはカンナの元に近づいた。
「どうしたの?」
リンが声をかけると、カンナはリンの方を見る。
「雨が降ってて帰れないの、傘も持ってないから……」
カンナは不安げに言った。今日の天気は午前中は晴れだったが、午後になって雲行きが怪しくなり、雨が降りだしてきたのだ。
天使は水が苦手なので、雨の中を対策も無しに飛ぶと羽根が濡れて重くなり飛べなくなってしまう。
傘を持ってきた生徒は傘を広げて飛び、呪文を使用して空を飛ぶ生徒もいた。
「水避けの呪文は使わないの?」
リンは言葉を選んでカンナに訊ねる。カンナは呪文があまり得意ではないのをリンは知っている。
カンナは首を縦に振る。
「うん、上手く使えなくて」
「じゃあ、僕がやるから」
リンは右手を掲げた。
「水から我を守るために、透明の守りをここに!」
詠唱と共に、リンとカンナの周囲には透明のバリアが張られた。
「家まで送っていくよ」
「良いの?」
「困った時はお互い様だから」
「有難う、リン君」
カンナは晴れやかな顔になった。
「僕から離れないでね」
「分かった」
そして二人は白い羽根を広げて、雨が降る空を飛んだ。

学校のある都心部から離れ、リンとカンナは雲の続く空を進んでいた。
リン達天使が暮らしている天界は、大きな都心部と、複数の浮く島にある住居区で別れている。
「住んでる場所はどこ?」
「メイレー村よ」
カンナは言った。
メイレー村はここから二十分の所にある。水避けの呪文の効果は一時間は持つので、時間に余裕はある。二人は羽根を動かして、しばらくの間黙って飛んでいた。
雨は透明のバリアに降り注ぐ。
「リン君」
カンナが口を開く。
「何?」
「ごめんね、ラフィアさんと帰るのを邪魔したりして」
カンナは少し暗い顔をして言った。
ラフィアは別のクラスにいるリンの幼馴染みである。今日も確かにラフィアと帰る予定ではあった。
高い頻度でラフィアと帰るのを同級生達は知っているのだ。同じクラスの男子にも「付き合ってるだろ」とか「モテるな」など度々冷やかされる。
カンナもリンのことを見ているのだろう。
「大丈夫、ラフィにはテレパシーで連絡しておいたから」
リンは朗らかに語った。
テレパシーは相手の顔と名前が分かる人物に念を飛ばして会話をするのだ。
「こういう時にテレパシーは便利だよね」
「そうだね」
リンは言った。
「ねえ、リン君、一つ聞いて良い?」
「どうしたの?」
「リン君はラフィアさんのことをどう思ってる?」
カンナの問いに、リンはどう答えようか迷った。
カンナとはクラスであまり話さないが、ラフィアと自分の関係は気になるのかもしれない。
そこは同年代らしい反応だなと思った。
「僕とラフィは幼馴染みだよ、それ以上の感情はないから」
リンは率直に答える。
誰かに聞かれたらそう答えるようにしているのだ。
「そうなの?」
カンナの言葉に、リンは軽く首を縦にして返した。

メイレー村のカンナの家の前に着き、カンナは穏やかな笑みをリンに見せる。
「今日は助かったわ、本当に有難う」
カンナは再び礼を言った。
「余計な事を言うようだけど、折り畳みの傘を持ってきた方が良いよ」
「そうするわ、じゃあまた明日学校でね」
カンナはリンに手を振り、家の方に走った。
リンはカンナを見届け、白い羽根を広げようとした矢先だった。
「幼馴染みなら、狙っても大丈夫よね」
陰気なカンナの声がリンの耳に入った。身震いを感じるには十分だった。
リンは振り向くと、そこにはカンナの姿は無い。
「気のせいか?」
リンは疑問を呟くも、今度こそ白い羽根を動かして自分の家に向かって帰った。

次の日、どこで情報が漏れたのか、リンはカンナと一緒に帰ったことで同級生達に散々いじられた。男子はヒューヒューと口笛を吹いたり、幸せを分けてくれとリンの白い羽根を取ったりしてた。
女子からはカンナを大切にと言われたり、登校してきたカンナにも女子が質問したり、別のクラスにいたラフィアがリンに問い詰めたりしてきた。ラフィアの口からキスの話が出てきた時は困惑せざる得なかった。
教室内はリンとカンナのことで話題が持ちきりだった。
誤解を解こうと、リンは必死に同級生に説明した。時間はかかったものの、何とか事態は収まった。

この地点で、リンはまだ気づかなかった。カンナの内側にある感情に。
二年後にリンだけでなく幼馴染みや、かつての友人をも巻き込むのをリンは予想もしていなかった。

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