「うーん、卵のサンドイッチ美味しい!」
ラフィアは満足そうな笑みで、リンの母親であるロウェルが作ったサンドイッチを頬張る。
「大げさだな……」
隣にいたリンは苦笑いを浮かべる。
二人は学校の中庭で昼食を食べていた。天気も良いので、ラフィアが提案したのだ。
「だって、お母さんの料理を食べれてラフィは幸せだから」
「今朝も食べたじゃないか」
「いいの! 朝は朝で、昼は昼なの!」
ラフィアは言った。
昼休み後は、ラフィアが大の苦手とする数学の授業があるため、些細な幸せを見つけないとやっていられないのだ。
「次の数学は寝るかもしれないから、後でノート見せてね」
「ダメだよ、ちゃんと授業は受けなきゃ」
リンは厳しい声を出す。
「むーリン君のいじわる~」
ラフィアは頬を膨らませた。
「意地悪じゃないよ、ラフィのことを思って言ってるんだ」
「リン君は勉強できるからいいよ、ラフィはさっぱりだもん」
ラフィアは成績優秀なリンが羨ましかった。
このまま成績の話をしてもキリがないので、ラフィアは話を変えようと思った。
「……わたしね、不思議な夢を見たの」
ラフィアは声のトーンを低くする。さっきと違う声にリンは反応した。
「夢? また大きなオムレツが出てきたとか」
「違うよ、まあ大きなオムレツは出てきたなら嬉しいけど」
ラフィアの夢には時々好物のオムレツが紛れ込むことがある。
「一週間前かな、ほら、二日間寝てたって言ってたでしょ」
一週間前、ラフィアは人間の女性のファルナに会うために地上へ行き、帰る途中で黒天使に遭遇して怪我をしたのだ。
その時のことを思い出したらしく、リンの表情は曇る。
「あっ、ごめんね……話しても大丈夫?」
ラフィアはリンの顔を見て察した。
「平気だよ、続けて」
リンは表情を改めた。
「わたしね、三人の人間の女の子と旅をしてるんだ。一人目はやたらとテンションが高い子で、二人目はクールな子で、三人目は年寄り口調な子」
「随分個性があるんだね」
リンはラフィアの話に乗った。成績のことになると空気が悪くなると感じたのだ。
「でしょ、一人目の子とはわたしと波長が合って、一緒にいて楽しかったよ、踊ったり歌ったりして」
ラフィアの脳裏にはその時の記憶が蘇り、口元が緩む。
「彼女逹の名前は?」
「んとね……夢が長すぎて忘れちゃった」
ラフィアは三人に申し訳無いと思いつつ言った。
時間が経っており、記憶が薄れているのだ。
「どうしてそんな事聞くの?」
「もしかしたらラフィの記憶に関する手掛かりがあるかなって思ったんだ」
リンは興味津々に言った。
ラフィアは七年前に事故で記憶を失っている。しかし日常に支障はない。
「三人がわたしの知り合いだったら……とか?」
「そうだね、ラフィの記憶に書き換えられて元々は天使だったりするかもしれないし」
「残念だけど、三人とも知らない顔だよ、仲間になった経由は忘れたけど夢の中のわたしは記憶を探す旅をしてたよ」
ラフィアは旅のことを楽しげに語った。道中は笑い合ったり、魔物と戦ったりしていた。
野宿をする際三人には役割があった。一人目が料理を作り、二人目はクールだが植物や動物に詳しく食べられる果物や肉を調達し、三人目は薪を拾って来うのだ。
ラフィアは護衛の呪文を張り魔物を寄せ付けなくするのである。
街では可愛い花飾りを買ったり、困っている人間を助けたこともあった。
「色々あったんだね」
「わたしもそう思うよ、それで旅をしている中で、わたし逹四人は塔の前に来たの」
「話が飛んだね、どういうきっかけがあったの」
「これも覚えている範囲だけど、三人目の子がこの塔にわたしの記憶に関する何かがあるって言ったの、でもね二人目の子は嫌な予感がするからやめた方が良いって反対したの
二人目の子は口数は少ないけど、仲間のことは大切に思ってるの、その子の言ってることは当たるの。
でも三人目の子も譲らなかったの、危険があっても行かないと進まないって」
「それでどうなったの」
「結局は一人目の子が上手く話をまとめて塔の中に入ることになったの。一人目の子は明るいだけでなく話術に長けてるからね」
ラフィアは先のことを思い出して暗い表情になった。
「けど、二番目の子の言ってることが正しいって身をもって知ったよ、塔の中の魔物は手強い相手ばかりだったの、三番目の子はわたしより攻撃呪文が使えるんだけど、それでも三匹倒すだけでも苦労したの
更に運が悪いことに、塔の主である黒天使にわたしは捕まっちゃったんだ。それだけは今でもはっきり覚えてるよ」
ラフィアは悔しさで表情を歪ませる。
夢とはいえ苦楽を共にした仲間三人の名は忘れてるのに、敵対している黒天使のことは嫌でも記憶に焼きついているからだ。
「ラフィ……無理に話さなくても良いんだよ」
「ううん、言い出した以上ちゃんと全部話すよ」
リンの気遣いを受け止めつつ、ラフィアは話を続ける。
「わたしは黒天使に連れていかれて、棺に眠るデモゴルゴンを目覚めさせろって言うの」
「デモゴルゴンって、また恐ろしいのが出てきたね」
デモゴルゴンとは天界に伝わる物語に登場する怪物で、はるか昔地上で暴れまわり、天使が棺の中に封じ込めたという。
小学生の頃に読んだ話で、デモゴルゴンは架空の生物らしいが、デモゴルゴンは怖い見た目をしておりラフィアだけでなくリンも忘れられない。
時々だがラフィアの夢の中に出てきて夢から現実の世界に戻すのだが、今回の夢は憎き黒天使も絡んでいるためたちが悪い。
「デモゴルゴンが目覚めれば、地上が大変なことになるのは分かっていたから、わたしは断ったの、でも黒天使は簡単には引き下がらなかったよ
デモゴルゴンを目覚めさせなければ、わたしの仲間を殺すって言うの、三人は怪我をした状態で拘束されてて、早く手当てしてあげたかったよ
二人目の子は言ったの、ワタシ逹のことには構わないで、中にいる化け物は起こしてはダメだと……そしたら」
ラフィアの体は怒りで沸き上がる。
「黒天使は二番目の子に毒の異常呪文をかけたんだよ、凄く苦しそうだったから見ているだけで辛かった。
一番目と三番目の子は言葉を失ってたよ
わたしは言ったんだ。痛め付けるならわたしにしてって、だけど黒天使はニタニタ笑いながらお前を痛め付けてもつまらないって言って一番目の子には痺れ、三番目の子には暗闇の異常呪文をかけたんだ。心が締め付けられたよ」
異常呪文は黒天使が使用する呪文で、毒、痺れ、暗闇等の身体異常を引き起こす。
ラフィア自身受けたことは無いが、相当辛いと聞く。
「ラフィがうなされていた原因はその辺りだね」
「そんなに酷かった?」
ラフィアの問いにリンは「ああ」と静かに言う。
ラフィアは眠っている時にうなされていたことがあったという。
「寝入っていた母さんがラフィの悲鳴を聞いて目を覚まして、慌てて医者を呼んだくらいだからね、診察したら悪い夢を見てるから安眠の呪文をかけたんだって、そしたらラフィはうなされなくなったんだ」
リンの言葉を聞き、ラフィアの中から怒りがゆっくりと溶けていくのを感じた。
「だからか、リン君が仲間を引き連れてわたし逹の前に現れる訳だよ」
「僕が仲間を?」
「うん、五人くらいいたよ、リン君以外は知らない顔だったけど、リン君格好良かったよ親玉の黒天使をあっという間にやっつけたんだ。
黒天使からラビエス草を手に入れて、三人の仲間に飲ませて助けたんだ」
ラフィアは朗らかに言った。
ラビエス草は黒天使の異常呪文を解く効果がある。
「それでね、わたしとリン君と仲間逹は塔を出てそこで目が覚めたの」
「何か続きがありそうな夢だね」
リンは率直に言った。
「確かにね、でも続きの夢はあれから見られないの」
ラフィアは残念がった。もしまた三人の仲間に会えるなら会いたい。そして名前も聞きたい。
確率は低そうだが……
夢がきっかけでラフィアの中には一つの考えが生まれていた。
「でも、夢だけじゃなくて、現実でも冒険がしたいな!」
ラフィアは明るく弾んだ声で口走る。唐突な言葉にリンは困惑した顔つきになった。
「まさかすぐに地上に行きたいなんて言わないよね」
「すぐじゃないよ! 二年後の夏休み!」
ラフィアは地上に行くのを一年間禁止されているのを自分でも理解している。
が、ラフィアの脳内には既に二年先のことが浮かび、ラフィアは立ち上がった。
「地上に行って色んな人に会ったり、景色が見たい、勿論羽根に頼らないの!」
ラフィアは体を回転させながら言った。
天使のシンボルとも言える背中に生えている羽根は、申請すれば一時的だが消すことができる。
天使だと不都合な場合に利用する。ラフィアの場合は地上で旅をしたいという理由だが……
「旅って言っても、準備もあるし計画も立てないといけないんだよ、ラフィが考えてるほど簡単じゃないよ」
リンの意見に、ラフィアはすぐに答えられなかった。
旅に準備や計画を練ることが必要なのを知らなかったからだ。
「そ……そうなんだ」
「旅の始まりは準備からだよ、準備抜きで旅をするのは危ないからね」
「分かった。準備が第一歩だね」
ラフィアはリンの話を繰り返すように言った。
理想と現実は違うのだ。
「ねえリン君」
ラフィアは改まった声を出した。
「良かったら旅についてきてくれるかな、わたしだけだと心細いから」
「構わないよ、ラフィだけだと心配だしね」
「ホント? やったあ! ラフィとリン君の冒険が始まるんだね!」
ラフィアは機嫌良く言いつつ、体を跳び跳ね上がらせた。
まだ先のことで、準備もあるが楽しい気持ちになった。
「二年後ラフィがちゃんと覚えてたらね」
「忘れないよ! 今日から準備を始めるから!」
ラフィアが調子よく言っていると、昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴り響く。
「えっ、もう休み時間終わりなの!? 数学の授業イヤだな」
ラフィアは憂鬱げに呟く。
「ラフィ、旅の準備よりも先に勉強も頑張らないとね」
「うう……そうかも」
ラフィアは渋々と昼食の片づけをした。

数学の授業にラフィアは寝てしまい、先生に叱られたのは後の話。
放課後、ラフィアは二年後の夏休みにリンとの旅の準備をするために、旅に関する本を購入したのだった。

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