何時ものけたたましいベルの音で、ティーアは毛布から顔を出す。
「う……ん……」
低い声を発し、ティーアは手を伸ばしてスイッチを押してベルを止める。
今日は休日で本当ならもう一度寝たい所だが、やる事があるので意を決し、体を起こした。

身なりを整え、ティーアは溜まっていた洗濯物を片付け、部屋を隅から隅まで掃除をした。
服が散乱し、埃が溜まっていた部屋は綺麗になった。平日だと忙しくて手が回らないので休日にやるようにしている。
ティーアのトレードマークでもある左右のカールは無く、伸ばした髪は一つに束ねている。
「これでよし……っと」
ティーアは掃除用具を片付けた。
呪文を使えばあっという間に掃除は終わるが、呪文に頼ると怠け癖がつくと思いあえて自分の手でやっているのだ。
次はテーブルで手紙を確認をした。ティーアの友人から来ており名前を見て懐かしくなる。
「ケルムからだわ」
ティーアは手紙の中身に目を通した。
ケルムは結婚して二人の子供がいて、夫との関係が上手くいっていないらしい。
ケルムの手紙の内容は夫に対する不満や愚痴だけでなく、多忙なあまり自身の羽根の手入れが面倒になってきたこと、上の子が反抗期で何かと手がかかるという。
「大変そうね、他に相談できる相手はいないのかしら」
ティーアは呟く。
ティーアは独り身で、夫のことを言われてもいまいちピンとこない。しかし仕事柄ケルムにカウンセラーを派遣する事くらいならできそうだ。
「チャミュさんに聞いてみましょう、友人が困っているのは私としても見過ごせませんから」
ティーアはケルムに対し手紙を書こうと決めた。チャミュとはティーアの知り合いのカウンセラーで経験も豊富でケルムが抱える悩みを解決できそうだと思った。
手紙を書き終え、文章に可笑しな所が無いかを確認すると、封筒に手紙を入れて封をした。
「明日出せば良いですね」
ティーアは出勤に使っているバッグに手紙を入れる。
「羽根の手入れねぇ……」
ティーアは自らの白翼を動かし、羽根を見た。ケルムの手紙を読んで気になったからだ。
天使は風呂で体や羽根の汚れを落とすのだ。しかし中には羽根の手入れが面倒で洗わないという天使もいる。
月に一度でも羽根を洗わないと、力が弱まるという。ティーアは毎日羽根を洗っているので、そういうのには無縁だが、一応は見ておきたかった。
羽根は洗ったばかりなので綺麗な白だった。
「天使も楽では無いわね」
ティーアは囁いた。
治安部隊に入隊してからは人間や天界を守るために黒天使と戦い、傷ついたり仲間を失ったりもした。
同胞や人間に感謝されれば仕事をやっていて良かったと思うが、その反面文句や不満をぶつけられることも多々あり、その度に歯を食いしばって我慢せざる得なかった。仕事は良いことばかりではない。
ティーアが綺麗に手入れしている羽根も戦闘の影響で自分や時には他の天使の血で濡れてしまい、落とすのに苦労した。
この先も羽根が汚れることは治安部隊にいる以上避けられないだろうし、天使であることに嫌気が差すかもしれない。
ティーアは思考を止めて羽根を眺めるのをやめた。やらないといけない事が残っているからだ。
「これからも宜しくね、私の羽根」
ティーアは言うと、羽根を解放して他の郵便物を見るのであった。
ティーアの背中の翼はまだ白いままだった……


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