「……それでも、俺は行くよ、敵とは言っても世話になったんだからな」
自室でリンは芝居の練習をしていた。それをラフィアと弟のユラが聞いていた。
「どうかな?」
リンは台本から目を離し、二人に感想を訊ねる。
「わたしは普通に良いと思う、リン君上手くなったよ」
ラフィアは朗らかに言った。
「オレもラフィに同意だ。最初の時は冷や汗かくぐらいだったからな」
ユラは一言多かった。
二週間後に学園祭が控えており、その中で一年~三年まで、各クラスごとにやる演劇という項目がある。リンは主人公を演じることになった。最初のリンの演技は初体験ということもあり下手だった。しかしリンはこんな事で挫けることもなく、練習に打ち込んできたのだ。
その甲斐あって、今は上手くなったのだ。
「ノッテくんが、リンくんを選んだのも分かる気がするよ」
ノッテとは、ラフィアのクラスメイトで今回の脚本を担当している。
リンを主人公にしたがっていたのも彼である。
「ラフィ、次は君が練習するんだ」
「えっ、わたしが?」
ラフィアは自分に指を差した。
「少しでも台詞はあるだろ、やっておいた方が良い」
「お、楽しみだな、ラフィの演技!」
ユラはどこか楽しそうだった。
ラフィアはどこか自信なさげに立ち上り、リンの隣に並ぶ。
「ほら、このページ」
「う……うん」
ラフィアはリンに言われ、台詞と行動を見る。
ラフィアは逃げまとう敵側の端役の一人で、台詞も切迫したものだ。
「よし、やってみるね」
ラフィアは深呼吸して、一直線に小走りした。
「た……助けて、死にたくないよ」
ラフィアは手を伸ばし、台詞を口にする。
気持ちがこもっておらず。単調な声だった。
最初に反応したのはユラで、ユラは「ぷっ」と吹く。
「あははっ! 何だよそれ! ウケる!」
ユラは腹を抱えて、大笑いした。
ユラがそう言うのも無理はなかった。リンの演技は問題ないが、ラフィアの演技はリンとは対照的である。
「ユラ、笑いすぎだ」
リンは兄らしくユラを一喝する。
「悪ぃ悪い、あまりにヒドいからついな……」
ユラは目に溜まった涙を拭った。
「オレだったら、もっとマシな演技するぞ」
ラフィアは恥ずかしさのあまり、頬を赤らめ、背中の白い羽根を怒りで尖らせる。
本来なら服を作る係をしているはずだったが、ラフィアが演じる役の同級生が事情があって出られなくなってしまったため、穴埋めの形でラフィアが出ることになったのだ。
断れば良かったが、一言だけの台詞なので問題ないのと、出られない同級生には少なからず恩があるため恩を返す意味もあったが、結果は今の通りである。
台詞は言えるが、演技が下手なのだ。ノッテにもそれを指摘された。
「……ユラ、悪いけど帰ってくれないか」
「笑ったことなら謝るよ」
「ラフィの演技を指導したいから、頼む」
リンは真面目な声で言った。
ユラに悪意がなくても、弟の茶化す言い方がラフィアに影響が出ないとも限らない。
ユラは「分かったよ」と言い、腰を上げる。
「後で特大パフェおごれよな」
「約束する」
ユラを帰らせることに申し訳ないと感じ、リンはユラの約束を受け入れた。
「じゃあ、またな」
ユラは二人に言って、部屋を後にした。
ユラの気配が無くなったのを見計らい、ラフィアが切り出した。
「……わたしも、練習はしてるんだよ?」
ラフィアは弱々しく言った。
役を降りようとも考えたが、それでは恩を返せないのでできなかった。
加えてロウェルが劇を見に来るので、今のままではまずい。
「分かってるさ、ラフィのことは見てるから」
リンはラフィアを慰めるように言った。
それからリンはラフィアの演技を見たのだった……

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