放課後
私は学校の裏庭で、リン先輩と二人きりです。
……まあ、私がリン先輩の下駄箱に呼び出しの手紙を入れたのですから当然ですけどね。
「話って、何かな」
リン先輩は私に話しかけてきました。
私の目の前にはリン先輩がいます。ドキドキします。
「あ……えっと……」
私は何を言うべきかを考えました。いきなり渡すのは心の準備ができてないからです。
「リン先輩……お忙しいところ来ていただき有難うございます」
私は緊張しながらも言いました。手からは汗が出ます。
「リン先輩を呼び出したのは……渡したいものと……伝えたいことがあるからです」
私は右手で箱を出し、両手で箱を持ち、リン先輩に向けました。
「ずっと前からあなたのことが好きでした。どうか受けとって下さい!」
私は自分の想いを口にしました。遂に言いました。どっちに転ぶかは分かりません。
リン先輩は箱を受け取らずに、戸惑っている様子でした。無理ないですね。少し接点があっただけで今まで会話が無かったんですから。
「……ショコラさん、で良いんだよね」
リン先輩が確かめるように私に聞きました。
「はい、そうです」
私は名前を知っていてもらえて心が喜びで沸きました。
「ショコラさんの気持ちは分かったよ、好きだって言ってくれて嬉しいよ」
リン先輩は表情を曇らせて「でも」と続けます。
「ごめん、僕はショコラさんの気持ちには答えることはできない
今はやらないといけない事があるから、そっちに集中したいんだ」
リン先輩は申し訳なさそうに言いました。
良くも悪くもと承知の上でしたが、胸がちくりと痛みますね。
心の喜びが消し飛びました。
リン先輩の話が引っ掛かったので、疑問を解消するために聞こうと思います。
「やらないといけない事にラフィア先輩のことは関係してるんですか?」
ラフィア先輩とはリン先輩の幼馴染みで、女の子です。
明るく、食いしん坊というのはよく耳にします。そしてリン先輩とよく一緒にいます。
私の問いにリン先輩は首を横に振りました。
「ラフィは関係ないよ」
リン先輩は真剣に言いました。
リン先輩はラフィア先輩のことを愛称であるラフィと呼んでいます。
側にいる時間が長いためでしょうね。
「そうですか……分かりました」
「本当にごめんね」
「良いんです。リン先輩に想いを告げられただけで満足です」
私はリン先輩に一礼して裏庭から去りました。

気持ちを落ち着かせるために、私は校庭にあるベンチに座りました。
「ふぅ……」
私はため息をつきました。しかし胸の痛みは消えません。
リン先輩に渡すはずだったトリュフの箱は私の手にあります。
「悔しいな……」
箱を眺めて私は呟きました。
ラフィア先輩は関係無いと思いたいですが、リン先輩と一緒にいる彼女の顔がちらちらと浮かびます。
ラフィア先輩といる時のリン先輩はとても楽しそうです。ラフィア先輩の性格もあるのでしょう。
ラフィア先輩がいなければ、もしかしたら付き合えたかもしれない。
悪い考えに、私は自分の頬を両手で叩きました。
「何考えてるのよ、私ったら」
私は自分に怒りました。
失った恋の痛みから、ラフィア先輩に対し嫉妬心にかられているのが自分でも分かりました。
ラフィア先輩に嫉妬するのは筋違いですよね。
「私のばか……」
私の瞳から涙が出ました。
結果はどうあれ、私はよくやったと思ったからです。時間はかかりますがリン先輩のことは忘れよう。
ですが今は泣きます。そうしないと気持ちの整理がつきませんからね。
私が涙を流している時でした。水を差すように校庭に怒声と元気な声が響きました。
涙目のまま、私は声がした方に顔を向けました。一人の男子が走ってきます。
「あれは……」
男子の顔には見覚えがありました。私の同級生であるユラくんでリン先輩の弟です。
私は涙を拭きました。ユラくんに泣いている姿を見られたくないからです。
ユラくんは真っ直ぐ走ってきたと思えば、私に気づいたらしく、私の方に向かってきました。
「すまねぇ! ちょっと隠れさせてくれ!」
ユラくんは私の後のベンチに身を潜めました。その直後でした。
体格の良い男天使が怖い顔をして飛んできました。
「くそっ、あの野郎どこ行きやがった」
……怒っているのが声色からして分かりました。私は怖くて声が出ません。
彼が怒りに満ちているのは隠れているユラくんが原因でしょう。そんな気がします。
早く去って欲しいと思ったのですが、男は私の方に気付き近寄ってきました。
「なあ」
「あ……はい」
「こっちに誰か来なかったか?」
男は声色を和らげて私に訊ねました。
関係の無い私に怒りをぶつけるのはいけないと思ったのでしょう。
「いえ、誰も来ませんでしたよ」
私は冷静に言いました。
嘘が良くないのは分かっていますが、巨体が目の前にあるのは流石に恐いです。
ユラくんが見つかればひとたまりも無いでしょう。
「分かった」
男は言うと、その場から去っていきました。
「ふう……」
安心のあまり、私は息を吐き出しました。
やれやれ、失恋どころではありません。
「行ったか?」
ユラくんの声がベンチの真下からしました。
ベンチの下に隠れていたのでしょうね。
「行ったわ」
私は言いました。ユラくんは私の後ろから顔を出しました。
「サンキューな、助かったぜ」
ユラくんは明るく言いました。
「サンキューじゃ無いわよ、あの人に何したの?」
私は怒りを含んだ声で聞きました。怖い思いをしたのもありますが、ユラくんは教室で同級生に事あるごとにイタズラを仕掛けるのです。
今日は一人の女子が教科書が机から飛び出したり、廊下を歩いている男子の頭に花を乗せるイタズラをしました。
私も彼のイタズラに何度も被害に遭ったことがありますけどね。
「あのマッチョに砂をかけるイタズラをしたんだ。しかも砂に触れるだけでくさい匂いがするんだ」
ユラくんは自信ありげに言いましたが、あまりに子供じみたことに私は再びため息をつきました。
「ユラくん、イタズラはやめた方が良いよ、さっきの人凄く怒ってたよ」
私はユラくんに注意しました。ユラくんが酷い目に遭わないためです。
「嫌だよ、面白いからやめられねーんだ」
ユラくんは私の言葉を聞き入れません。彼らしいと言えば彼らしいですけどね。
ユラくんが先生に注意されているのは度々見てますが、ユラくんは懲りずにイタズラを繰り返します。
根性があるというか、ある意味執念に近いですね。
リン先輩が優しいのに、ユラくんはリン先輩の正反対です。
「それより、お前は何でここにいんだよ」
不意をついたユラくんの質問に私はすぐに答えられませんでした。
私は気持ちの整理のためにいるのですが、理由は言いにくいです。
「何だよその箱」
「あっ……これは……その……」
私は言葉に詰まりました。箱をしまえば良かったと悔やみました。
「分かった。お前兄さんにコクって玉砕しただろ」
ユラくんの言ってることは当たっています。
なので言い返せません。
「あれ……もしかして図星だったか」
「そうよ、でも何でユラくんが知ってるの」
私は訊ねました。ユラくんに言った覚えは無いからです。
「二日前に立ち聞きしたんだよ、お前とロッセが話しているのを」
二日前……ああ確か図書館で私は友人であるロッセにリン先輩に想いを告げることを言いました。
まさかユラくんに聞かれてたなんて……
ちなみに私がリン先輩のことを好きだと言うのはロッセのみに伝えていて、クラスでは内緒にしています。
「珍しいのね、ユラくんが図書館に行くなんて」
「イタズラのネタを探してたんだよ」
ユラくんは少し怒った口調になりました。私が図書館と無縁だと思われていたのが気に障ったのでしょう。
「気に障ったのなら謝るわ、でも今日のことは黙っていて欲しいの」
私は必死に言いました。
リン先輩にフラれたことがクラスに知られたら恥ずかしいです。
「どーしょうかなーこんな面白い話題を言うななんて難しいなー」
ユラくんは私の周りを機敏に動き回りました。
ユラくんの態度からして言うつもりです。
何としてでも止めたいです。
もし今日のことがばらされたら教室にいる自信が無いです。
「じゃあ、どうしたら内緒にしてくれるの? 」
私はユラくんに問いかけました。
彼のことだからイタズラに参加しろと言い出しかねませんが、今日のことを伏せてくれる(不安はありますが)ならその時は腹をくくります。
ユラくんは私に近づき、私の顔を覗き込みました。
目の色を除けば、リン先輩にそっくりな顔です。
「そのチョコをくれ」
「あっ、これ?」
私はユラくんに見せました。
今日がバレンタインだから自然と箱の中身が分かるのでしょうね。
「イタズラのし過ぎで腹へったからな、チョコくれたら黙ってやる」
ユラくんの言い方は癪に触りますが、元々持ち帰って自分で食べようと思ったのでユラくんにあげても構わないでしょう。
「……本当に内緒だよ」
「分かったよ」
私はユラくんに箱を渡しました。
ユラくんは箱を開けるなり掻っ込むようにトリュフを食べ始めました。
お腹が空いているのは確かみたいです。
「美味い! 美味すぎる! こんな美味いチョコを食い損ねるとか、兄さんはアホだよ!」
ユラくんは興奮混じりに言いました。
「あはは……そうかもね」
私は苦笑いしました。
ユラくんが美味しそうに食べている様子を見ていると、作って良かったと思います。
失恋の痛みが少しは緩和しそうです。
「ご馳走さま!」
ユラくんは箱を私に返しました。箱を見てみるとトリュフは綺麗に無くなっていました。
「過去に食ってきたチョコの中で一番美味かったぜ」
ユラくんの誉め言葉に胸の底から嬉しさが込み上げてきました。
「有難う、嬉しいわ」
私は言いました。
「チョコ食ったお陰で元気出たからオレ帰るよ」
「気を付けてね」
「ああ、じゃあな、ショコラ!」
ユラくんは私の名前を呼び、背を向けて羽根をはばたかせて宙を浮かびました。
彼の背中をみて頭の中に一つの考えを思い付きました。
「ユラくん! 明日チョコ作って持ってくるから!」
私は大きな声で言いました。
ユラくんの食べっぷり見て、ユラくんのためのチョコを作りたくなりました。
急いでいたのかユラくんは振り向きませんでしたが、私の話が聞こえていたと願いたいです。
「……私も帰ろう」
私はゆっくりと歩きました。
ユラくんみたいに羽根を使えば楽ですが今の私は歩きたい気分です。

次の日
私は教室に行くのが心配でした。ユラくんが私のことを黙っていてくれるかなって。
彼はおしゃべりですので……
でも、私の心配は取り越し苦労でした。ユラくんは私のことを伏せてくれました。
教室内の誰かが私とリン先輩のことを話題に上がることは無かったです。デリケートなことなのでほっとしました。

この日の放課後、私はユラくんを屋上に呼びました。
空は晴れていて、空気が気持ちいいです。
「何だよ、話って」
「昨日言ったと思うけど……」
私は持参していた袋から箱を出しました。
「一日遅れたけど、バレンタインのチョコをあげるわ」
私は言いました。
リン先輩の弟ではなく、同級生のユラくんとして接したい。チョコはその一歩のためです。


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