気がつくとリンは昼間の学校にいた。
手を叩く音がして、リンはその方角に視線を向ける。
「天使昇給おめでとう」
藍色のマントを被った女性・ストックがリンに近づく。
「あ、有難うございます」
「テスト合格できて良かったわね、あ、羽根も大きくなったわね」
ストックはリンの羽根にそっと触れる。
「ストックさんや僕を支えてくれる人達のお陰ですよ」
リンは言った。
ストックには敬語で対応している。理由としては彼女から大人な雰囲気が漂うためである。
ストックは時々リンの夢に出てきては話しをしたり、悩みを打ち明けたりしている。
マントを被っているのは顔には癒しの呪文でも消えない痣があり見られたくないからだという。
ストックの気持ちを察して、顔を見たいと思うのはやめた。
白い羽根があることからリンと同じ天使であることは分かるが、現実世界にはおらず夢だけにしか出てこない不思議な存在である。
それでも、ストックは一緒にいて落ち着く人物なので、夢で会えた時はほっとするのだ。
「早速なんだけど、ちょっと来てくれる」
「何ですか?」
「行ってからのお楽しみよ」
リンはストックの後をついて行った。
着いたのはマルグリットが世話する花が植えられている花壇だった。
現実では花が咲いているが、夢の中では土のみが広がっている。ストックの話だと夢と現実は違うという。
元に生徒で賑わう学校には人の気配がなく、リンとストックの二人きりである。
「ここには花の種が植えてあるの、リン、あなたの呪文で咲かせてくれない?」
ストックは親しみを込めてリンを呼び捨てにした。
親交が浅かった時はリン君と呼んでいたが、仲良くなると呼び捨てとなった。
「分かりました」
リンは両手を真っ直ぐ伸ばし、呪文を詠唱した。
「我の呪文でそなた達を成長させることを宣言する!」
リンの両手から黄色い光が溢れて、花壇に注がれた。
この呪文は発達の呪文と呼ばれ、主に植物や花を育てる時に使用する。
土がもぞもぞと波のように動きだし、小さな赤い花が咲き、花の中心から一筋の光の筋が宙に浮かび綺麗な花火が現れた。
「どう、綺麗でしょう」
「はい、何て名前ですか?」
「ハナビバナって言うのよ、新種の花で花屋さんにも種が売ってるから、同級生のマルグリットさんにも勧めてみると良いわ」
ストックは言った。
ラフィアの話だとマルグリットはありとあらゆる花が好きらしいので知ったら喜びそうだ。
「分かりました。ラフィに伝えておきます」
リンは花火に見とれる。
ハナビバナは次々に花火を打ち上げ、リンの心を潤す。
テストや儀式の緊張や、明日から始まる訓練に対する不安も全て忘れられる気がした。
ハナビバナは一つ一つが違う花火を出すので見ていて飽きなかった。

「素敵な花火でしたね」
リンは花火を見終えて明るく言った。
ハナビバナは花火を出し終えても、花は咲いたままだ。ストックの話だと一週間は咲いて過ぎると枯れて種になる。
発達の呪文を使用せずに育てる場合は二週間で花が咲くという。
「満足してくれたかしら?」
「凄く良かったです」
リンは穏やかに言った。
「私なりのお祝いだけど、そう言ってもらえて嬉しいわ」
ストックの口元は緩んだ。喜色が出ているのが見て分かる。
「ねえリン、天使になれてどんな気分?」
「まだ、実感が沸かないです」
見習いから一人前の天使になり、力は昨日に比べて上がったと感じる。
試しに枯れた花に癒しの呪文をかけてみた所、花は一瞬で花を咲かせたからだ。
見習いだった時は、花は緑になり蕾まで元通りになるが、咲かせるにはもう一度呪文をかけないとならなかった。
明日は黒天使との戦闘に備えて訓練が始まるが、戦いには躊躇いがある。
「ストックさん、黒天使は全てが悪者なんですか? 僕はそんな風には思えないんです」
「どうしてそういう事を聞くの?」
「実はですね……」
リンはテストが終わった後に起きた事を話した。ただしコンソーラが癒しの呪文を使えることは言ってはいけない気がしたので伏せた。
ストックは「成る程ね」と落ち着いた声を発した。
「リンは運が良かったのよ、二人の黒天使は天使に攻撃しないタイプね」
「そうですか」
「でも気を付けてね、黒天使の中には天使を見ただけで攻撃してくるのもいるの
訓練の際、先生から黒天使のタイプについて説明があるはずだから」
ストックは真面目な物言いをした。
「分かりました。覚えておきます」
リンはストックの言葉を心に刻んだ。黒天使にも攻撃的なのと、そうではないのがいるのは知っておいて損ではない。
「あ、そろそろ私行かなきゃ」
「もうそんな時間ですか」
リンは残念そうに言った。ストックが帰るのは夢から覚める時だからだ。
「また会えるから平気よ、その時になったら訓練のことを聞かせてね」
「はい」
「あと、ラフィアにも気にかけてあげてね」
「分かってます」
リンは言った。ラフィアが実戦訓練について行けるか不安があるので、サポートできる部分があるならするつもりだ。
「じゃあね、怪我には気を付けて」
ストックは手を振り、リンに背を向けた。
学校の背景はストックが歩くのと同調するように暗闇に包まれる。
やがてストックの姿が見えなくなると完全に真っ暗になり、リンも夢から現実の世界に帰還した。

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