名指しされた当の本人であるナルジスは動じていなかった。
「俺を名指しするとは良い度胸だな」
ナルジスは一歩前に出て静かに語る。
「お前、確か夢の中で会ったな」
「そうだな、あの時の蹴りは挨拶って所だな」
二人の目線がぶつかり合い、緊迫した雰囲気が流れた。
そんな時に、ナルジスの横にいたメルキがナルジスの肩を叩く。
「ナルジス君、先生はさっきも言ったけど、挑発に乗ったら駄目だよ」
「分かってます、でも奴は俺に用があるみたいです」
メルキの忠告を、ナルジスは受け止めた。
「あ……あのぅ……一つ聞いて良いですか?」
空気を破るように、コンソーラは弱々しく訊ねる。
「何だ」
「グシオンさんとナルジスさん……何て言うか……そっくりですよねぇ、ご兄弟なのかなぁって……」
ナルジスの冷たい言葉にめげず、ラフィアが言いたかったことをコンソーラが口にした。
ナルジスは露骨に嫌そうに表情を歪める。
黒天使を嫌うナルジスにとって、目の前にいる自分にそっくりなグシオンの存在が気に入らないのだ。
「知らない奴もいるから説明しておくぞ、俺とナルジスは異母兄弟だ。悔しいけど俺の方がナルジスより一つ年下なんだ」
グシオンは吐き捨てるように口走る。彼自身本当に嫌なのか、それ以上は語らなかった。
「オマエも災難だな、あんなヤツと血が繋がってるなんてな」
ベリルはグシオンに同情していた。グシオンはため息をつく。
「……言い方は癪に障るが、俺としてもお前を兄弟として認めないからな」
ナルジスの口調からははっきりとした嫌悪感が伝わってくる。
「グシオン」
ラフィアはグシオンに声をかけた。グシオンはラフィアの方を向く。
「あなたは今までどこにいたの? 教室に入ってくるまであなたのことは全く分からなかったよ」
ラフィアは疑問を口にする。
「グシオンは黒天使と天使の血を引いている。よって黒天使の呪文だけでなく、天使のみに使用できる姿と気配消しの呪文が使える。
今までは俺が指示するまで、廊下に待機してもらっていた」
イロウは静かに説明した。
「それって反則じゃないのか? ハーフってすごいな」
ユラが感心したように言った。すかさずカーシヴが口を挟む。
「ハーフはその反面、体がとても弱いんです。よって長時間の戦闘はできないんです。ティーア士官ですら黒天使のハーフについては耳にしたことはあっても戦場で実際見たことは無いんです。ぼくも見たのは初めてです」
カーシヴの話を整理すると、ハーフは致命的な弱点があり、戦闘には向かないので、戦いの場でも見ない。ということになる。
「そこの天使、一言多いぞ」
グシオンはカーシヴに食って掛かる言い方をした。カーシヴの発言が相当気に入らなかったようだ。
「オレとしてもハーフのおまえが突然現れたのは気になるな、ベリルの反応を見る限り、おまえのことは完全に例外だったみたいだからな」
メルキは言った。
「俺がイロウ様に無理を言ってこの作戦の参加させてもらうように頼んだんだ。ナルジスへの顔合わせも一つの理由だが……」
グシオンはラフィアの方に目を向けて近づいてきた。
ラフィアは目をそらそうかと思ったが、彼の険のある目から逃れられなかった。グシオンはラフィアの前に止まり、ラフィアを見下ろす。
ラフィアよりグシオンの方が背が高いので仕方ないだろうが、グシオンの顔は悪意に満ちていたため、ラフィアは内心不快しか無かった。
「ラフィア、お前がどんな奴かを見たかったからな……サレオスとワゾンを呪文で退けたのがお前だって聞いた時から気にはなっていたんだ。実際見たらコンソーラよりチビだなと思ったよ」
ラフィアは黙ってグシオンの話を聞いていた。自分が小柄なのは事実だからだ。
グシオンは左手の人差し指をラフィアの左耳にかかっている髪に指をかける。その行為が挑発だと思ったのかユラが声を出す。
「ラフィ!」
「大丈夫だよ、髪を触られてるだけだから」
ラフィアはユラを安心させるように、やんわりと言った。
グシオンは指を髪からラフィアの顎に移した。急に掴まれてラフィアは驚きの顔を浮かべる。
「けど、俺は力の強い女は好きだ。例え天使だとしてもな」
グシオンは言った。彼の行動が元で周囲の空気が急速に緊迫していくのがラフィアの肌で伝わってきた。
「ラフィア、お前俺の女になれよ、あんな天使どものことなんて忘れてよ」
狂気を感じるグシオンの顔に、ラフィアは表情を引きつらせた。
「そこまでだ。グシオン」
グシオンの行動を止めたのは、イロウだった。
「お前は自分の立場を理解しているか? それ以上言えば、お前が言う天使どもが黙っていないぞ」
イロウの言葉に、グシオンは「ちっ」と軽く舌打ちして、ラフィアの顎から手を引く。
イロウの忠告通り、天使たちは今にもグシオンと戦わんと言わんばかりの顔つきをしており、特にナルジスは右手から雷の呪文を出そうとしていた。
「ラフィア、お前のことは諦めないからな」
グシオンは言って、ラフィアから身を引いた。その直後にリンとユラがラフィアの側に駆け寄ってきた。
「グシオン!」
リンが珍しく声を荒げた。グシオンは振り向かないまま足を止める。
「君がしたことは、僕達への挑発だと受け止めるからな!」
「誰がお前なんかにラフィを渡すかバーカ! ラフィはオレの嫁になるんだからな!」
ユラの冗談とも取れない発言に、ラフィアは気恥ずかしくなった。兄弟が怒るのはグシオンが不快感を煽ることをしたからだ。
「行くぞラフィ、あんなヤツの言ったことなんか忘れるんだ!」
ラフィアはユラに引っ張れる形で、メルキ達の方に歩く。
天使兄弟の言葉が、ラフィアにあった不安を解したのは確かだった。

「グシオンの無礼は詫びさせてもらう、こいつは体が弱い反面、態度が大きいんだ」
ラフィアと兄弟がメルキ達の元に来るなり、イロウが謝罪する。
「……全くだ。不愉快極まりない、貴様が止めなかったら、俺がそいつに攻撃を仕掛けてた」
ナルジスは刺々しい口調で口走る。
「グシオンを紹介したのは、オレ達を挑発させるためととらえて良いのか?」
「それは誤解だ。グシオンを顔合わせさせたのは、グシオンと関わりのある天使に会わせたかった。ただそれだけだ」
イロウは言った。グシオンとナルジスを会わせたいと思ったのは、彼の顔からして本当なのだろう。
「その割には、オレ達の怒りを煽るには十分だと思うけどな」
「……好きに想像しろ、お前と討論している時間は無い」
メルキとの会話を、イロウが一方的に打ち切った。
「どうやら、ガリアの準備が終わったらしい、迎えの同胞が待ってるから、外に出るぞ」
「遂に始まるのか! 楽しみだな!」
ベリルの声からは興奮が混じっていた。
いよいよか……と思うだけでベリルと対照的にラフィアは不安な気持ちにかられた。
「そこの窓から外に出られるぞ」
メルキはイロウに提案した。教室の窓を開けて羽根で飛べば外まで数秒である。
しかしイロウは「いや」とメルキの提案を否定した。
「俺はそんな野蛮なことはしない、歩いて外に行く」
「変な所で律儀なんだな、まあ良い、校舎を出たいならオレが案内する」
メルキはイロウに言うと、教室の扉に移動し、ラフィア達に顔を向ける。
「という訳だから、皆先生にしっかりついてくるように」
メルキは先生状態の口調に変わった。イロウの前では緊迫状態で話しているので、臨機応変に対応を変えるメルキが大変だなとラフィアは思った。
「待て」
移動しようとした矢先に、ナルジスが口を出す。
「俺達は黒天使共から少し距離を取って歩く」
「何でおまえが勝手に決めるんだよ」
ユラは抗議した。皆の意見を聞かずに、一方的に決められるのは快くないのだ。
「ナルジスさんの意見に賛成です。さっきのように、ラフィアさんに何かされたら困りますからね」
カーシヴは冷静に言った。グシオンの行為を簡単に流すことはできないのだ。
「私はラフィアさんに酷いことしませんよぉ」
コンソーラは悲しげな顔になる。見ていてラフィアの内心がちくちく痛む。
「君がラフィに無害なのは理解してるけど、今は分かって欲しい」
リンは言った。
「心配すんな、コンソーラ、距離は空くけどついて来るって、逃げも隠れもしねぇだろ」
「う……」
ベリルの慰めに、コンソーラは言葉に詰まる。
「とは言え、許可もなしに決めるのはまずいよな、メルキ先生、ナルジスの提案を採用しても良いですか?」
「ちゃんとついてくるなら問題ないよ」
リンの問いかけに、メルキはあっさり了承した。
「コンソーラさん」
ラフィアは思いきって赤毛少女の名を呼ぶ。コンソーラの悲しい顔を見て、放っておけなくなったのだ。
「物事が片付いたら、一緒にお茶を飲もうよ、コンソーラさんが作ってくれたマフィンを食べながらね」
ラフィアは口元を緩めて温かな口調で語る。コンソーラが黒天使でも、恩があるのは事実なので、ラフィアにできる範囲で彼女との関わりを持ちたかった。
コンソーラはラフィアの話に満足したのか、幸せそうな表情に変わる。
「約束ですよぉ、破ったら泣いちゃいますからね」
「約束は守るよ」
「良いのか? あいつは黒天使だぞ」
「平気だよ、それと黒天使だからって絶対悪だって決めつけたくないの」
ナルジスの心配をよそに、ラフィアはきっぱり言い切った。
黒天使だからと言って皆が皆天使に敵対感情を抱いている訳ではないと分かったからだ。
「それより行こう、メルキ先生を待たせたらいけないからね」
ラフィアは四人に言った。


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