「カラズ、フィオーレ……」
キルシュは二人の名を口に出しました。二人からは前に会った時のような緊迫感は無く、戦おうという姿勢も見られません。
「久しぶりね、それで何か用?」
キルシュは緊張しながら聞きました。テミスの宣言後に黒天使と会うのは二人が初めてだからです。
「んな緊張しなくたって良いだろ、オレらはオマエを取って食いやしねぇよ」
「カラズさん、今まで天使と黒天使は対立してたんですよぉ、すぐに緊張を解くのは難しいと思いますぅ」
フィオーレはカラズに言いました。
「キルシュさんに会いに来た理由は他でもなくお礼を言うためですよぉ、私達黒天使を救ってくれて有難うございましたぁ」
フィオーレはキルシュに頭を下げました。
「イチゴを初めて食べた時の感動は忘れません、甘くて美味しくて最高でした。これもキルシュさんのお陰です!」
興奮混じりにフィオーレは語りました。
「ははっ、こいつすっかりイチゴが好きになっちまってな、オレは肉の方が好きなんだけどな」
カラズはフィオーレを親指で差しました。
二人の会話からして、食糧事情が改善されたことは本当なのだと感じました。
フィオーレの幸せそうな様子を見ていると、温かな気持ちになりました。
「オマエのことは黒天使の間でも話題に上がってるからな、黒天使を救った天使とかでな、オレからも礼は言うぜ」
カラズは言いました。
「カラズ兄ちゃん、ロアもお礼したいな」
小さな女の子がカラズの足元から現れました。カラズは女の子の顔を見ました。
「ああ、良いぞ」
カラズはキルシュに目線を向け直しました。
「こいつはロア、オレの妹分みてぇなもんだ。オマエに礼を言いたくてオレらについてきたんだ」
カラズはロアに「行っていいぞ」と言いました。ロアは黒い羽根をはばたかせ、キルシュに近づきました。
「キルシュお姉ちゃん、黒天使の皆を助けてくれて有難うございました」
ロアは腰に携えていた皮袋をキルシュに差し出しました。
キルシュは身を屈め、ロアから皮袋を受けとりました。
「何が入ってるの?」
「村で育てたイチゴ、キルシュお姉ちゃんに食べてもらいたいの」
「有難う、大切に食べるから」
「うんっ!」
キルシュの言葉に、ロアはにっこりと笑いました。
ロアは背を向けてカラズの元に戻りました。
ロアと入れ替わる形で、今度はフィオーレが近づいてきました。
「あのぅ……キルシュさん」
フィオーレは恥ずかしそうに指を動かしました。
「どうしたの?」
キルシュは訊ねました。三人の黒天使が歩み寄ろうという姿勢が見られて、緊張が解れていました。
「あの……そのぅ……」
フィオーレは視線を泳がせます。言うのに勇気がいることなのでしょう。
キルシュは黙ってフィオーレが口に出すのを待ちます。
「良かったお友達になってもらえませんか? 私、キルシュさんのことを知りたいですぅ」
フィオーレは意を決して自分の思いを伝えました。
黒天使と友好関係を築くのも、これからは必要なことだとキルシュは感じました。
フィオーレは見る限り、自分とそう年は離れていないでしょう。人間の少年を助ける優しさを持ち合わせるフィオーレとなら仲良くできそうな気がします。
キルシュは右手を伸ばしました。
「いいわ、友達になりましょう」
キルシュは柔らかな笑みを浮かべました。
フィオーレは嬉しそうな顔をして、キルシュの右手を自らの両手で掴みました。
黒天使と天使が手を取り合った瞬間です。
「う……嬉しいですぅ! 宜しくお願いします! キルシュさん!」
フィオーレは熱い声を出しました。
「こちらこそ宜しくね、フィオーレ」
キルシュはフィオーレの言葉に答えました。
黒天使が人々にとって恐怖の存在というのは、緩やかではありますが、取り除かれていくことでしょう。
そうなったのも一人の天使の行動がきっかけになったことは、今後語り継がれていくことでしょう。