「なあ、一希お前宿題終わったか?」
翔太は親友である村上一希(むらかみかずき)に電話をかけていた。
『全然だな、そういうお前こそどうなんだよ』
「俺もさ」
『星野に聞いてみたか?』
幼馴染に宿題を手伝ってくれるように頼んだが、良い返事はしなかった。
「ダメだった。自分でやれってさ」
翔太の言葉を聞き、一希は「そうか……」と力無く語る。
『まあ頑張れよ、時間はまだあるんだしな』
一希は励ましてきた。
「変なトラブルに巻き込まれんなよ」
『気を付けるよ、お前こそ星野の料理を食うなよ』
「よ……余計なお世話だ!」
通話を終え、翔太は携帯をベッドに転がした。
「やっぱ一人でやるしかねーよな」
気を取り直し、翔太は机に向かう。


一希に電話をしたのは一緒に宿題をしないかと誘うためだった。
しかし一希の都合が悪く、難しいとのことだった。
一希と電話をする前にも友達の若気至(わかげいたる)にも電話をしてみたが、都合が悪いと断られた上に、延々と中二病発言を聞かされたのだった。

昔からの友達である小島隼人(こじまはやと)にも誘いをかけたったが、彼は海外旅行に行ってしまった。
二学期が始まってから、彼の旅行先の話を聞く事になるだろう。

翔太は今は会えない友達のことを胸に秘め問題集に取り掛かった。


夕方になり、翔太はシャープペンシルを机に置く。
「あーめんどくせーな」
翔太は肩を叩き、椅子にもたれ掛かった。
昼間からずっと問題集にとりかかり、国語、社会、物理は片付いた(ただし答えはデタラメだが……)が、問題は数学だった。
解くためのルールがややこしく、英語に並んで苦手な科目である。
「あけみんだったらあっという間に分かるだろうな……」
翔太は幼馴染みのあだ名を呟く。
あけみんこと星野明美(ほしのあけみ)は頭が良く、クラスでの成績らトップである。
明美には頼れないので、数学も自力でやるしかないのだ。
「輝宮先生に聞くかな、分かんねーし」
考えた末に、数学顧問である輝宮まりあ(かがみやまりあ)先生に聞くことを決意した。
翔太は輝宮先生に早速電話を掛けた。
『はい、輝宮ですが』
電話を鳴らして数秒後に、聞き慣れた声が耳に入る。
「ちわっす。櫻庭です!」
翔太は右手を伸ばして名を名乗る。
『櫻庭くん……どうしたの?』
「あの、実はですね……」
翔太は輝宮先生に事情を説明した。
輝宮先生は静かに翔太の話に耳を傾けていた。
『成る程、解き方が分からないのね』
「そうなんすよ」
翔太は苦笑いを浮かべて、頭をかいだ。
「すいませんね、迷惑掛けて」
翔太は心をこめて謝った。
輝宮先生の授業は分かりやすいと評判が良いが、翔太にとっては数学自体が拷問なのだ。
元に数学は中間。期末テスト共に赤点で、補習を受ける羽目になった。
『櫻庭くん、今週中に学校に来られそうな日ってある?』
輝宮先生に聞かれ、翔太はカレンダーを見る。
明日以外には予定が埋まっている。
「明日なら大丈夫っすよ」
『じゃあ明日十時に、学校に来てくれるかしら』
「……教えてくれるんすか?」
『一応言っておくけど、先生が教えられるのは数学だけよ』
輝宮先生の言葉に、翔太は嬉しさを噛みしめた。
数学だけでも分かれば、後は自分で何とかする。
「分かってますよ! 有難うございます!」
『気をつけてくるのよ』
「はい!」
電話を切り、翔太は手を強く握る。
これで数学への不安は解消されたも同然だからだ。


次の日
翔太は輝宮先生と一緒に廊下を歩いていた。
集中しやすい図書館に行くためである。
「当たり前ですけど、静かっすね」
辺りを見回して翔太が呟くと、輝宮先生は「そうね」と言った。
「輝宮先生は、休みないんすか?」
翔太は疑問を口に出した。
輝宮先生以外にも、複数の先生が職員室にいて、休日があるのか気になった。
夏休みの間教師はずっと学校に来ていると聞いていた。
「心配しなくても、先生にも休みはあるわ」
輝宮先生は答える。
「そうなんすか」
「たまには長期休暇をとって遊びに行けよ、でないと彼氏できねーぞ」
いつの間にか、二人の会話にアフロ頭の男が割り込んでいた。
「王先生……」
「かがみんは固いんだよ、もっと肩の力抜かねーとな」
アフロ頭の男もとい王正義(おうまさよし)は二人の元に歩み寄ってきた。
王先生は体育の担当である。
「もう……その呼び方はやめるように言ってますよね?」
輝宮先生は嫌そうな顔をした。
"かがみん"は輝宮先生のあだ名で、そう呼ばれるのを本人は良く思っていない。
「よっ、櫻庭、今日はどうしたんだよ」
王先生は輝宮先生の注意を聞き流し、翔太に声をかける。
「今日はかがみ……いや輝宮先生に宿題を教えてもらいたくて学校に来ました」
翔太は王先生につられて、輝宮先生をあだ名で呼びそうになった。
「そういう事です。櫻庭くん行きましょう」
輝宮先生は王先生を睨み付ける。
これ以上王先生との雑談に付き合いたくないのだ。
「あ、はい、それじゃあ王先生、俺はこれで失礼します!」
翔太は頭を下げ、輝宮先生についていく。
王先生が「学校にいてばかりじゃ、頭ガチガチになるぞ! かがみん」と叫んできた。
「大きなお世話です! 王先生こそ仕事をサボらないで下さい!」
輝宮先生は振り向いて、王先生に言い返した。
王先生は背中を見せて逃げていった。


「元気そうでしたね、王先生」
図書館に着き、翔太は席につく。
王先生は真面目な輝宮先生とは違い、明るくおちゃらけた人物として有名である。
輝宮先生は軽くため息をつき、翔太の隣に座った。
「……大丈夫っすか?」
翔太は輝宮先生の顔を覗き込む。
王先生にはさっきのようによくからかわれる。
翔太もその光景を目撃している。
王先生のせいで疲れているのではと、思った。
「大丈夫よ」
輝宮先生は少しだけ笑う。
「本当っすか、無理してませんよね」
「心配いらないわ、それより宿題を済ませるのが先でしょう」
「へーいへいっと」
これ以上は輝宮先生に聞けないと思い、翔太は問題集を出した。
「改めて宜しくお願いします。輝宮先生!」
翔太は元気良く挨拶をした。
そして、輝宮先生の指導の元、数学の問題集を解き始めたのだった。


休憩を挟みつつ問題集をこなして半日
「終わったぜ!」
最後の問題を解き、翔太は両手を伸ばして喜んだ。
「凄いわ、櫻庭くん」
輝宮先生は誉める。
「いやー輝宮先生のお陰っすよ!」
翔太は輝宮先生に感謝した。
輝宮先生がいなければ、終わらなかったからだ。
「櫻庭くん、宿題は少しずつで良いから片付けること、いいわね?」
「了解っす!」
翔太は張り切って言った。

 

その後、翔太は輝宮先生に見送られて帰宅し、 残りの夏休み中にデタラメな解答ながらも宿題を終わらせることができたのだった。

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